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漂泊の青い玻璃 69 

琉生は動転していた。

琉生は尊に言われるまま、バイト先に赴きホールの仕事をこなそうとしたが、傍目にどこか様子はおかしかったようだ。
運んでいるジョッキを落とし、数枚の皿を割った。

「寺川君?体調悪いの?なんだか顔色が、良くないな。」
「あ……すみません。少し頭痛がしてて……でも、大丈夫です。」
「そう?何だったら洗い場に入る?直ったら、ホールに戻ってくれたんでいいから。」
「ありがとうございます。じゃ、洗い場に入らせてください……」

店長に声を掛けられただけで、どきりとする。

尊に任せた父の容体は大丈夫だろうか。
自分でも何が起きたか今一つ判っていない琉生は、父が本気で自分の腕を折ろうとしたことに激しくショックを受けていた。
病気の父は、自分を母としか見て居ない。
分かっていたが、いつかは良くなるかもしれないと願って来た。だが、希望は全て潰えてしまった。
琉生の存在は、一欠けらも残さず完全に父の中で消去されていた。
「美和」と父は母の名で自分を呼ぶ。
久し振りに目の前に現れた父の姿は、以前よりもはるかに常軌を逸していた。

何かあったら、隼人に電話する約束も忘れ、琉生は懸命に目の前の仕事をこなしていた。
仕事に集中していなければ、恐ろしい顔で近付いてきた父の顔がよぎる。骨の軋む音さえ、甦る気がする。
今も腕は痺れたように、鈍い痛みを持っていた。

「ね~。その腕どうしたの?」

隣で、一緒に食洗機に皿を入れていた同僚のアルバイトが、琉生の腕に付いた痣をまじまじと見つめている。

「それって、指の跡なんじゃないの?なんかあった?」
「お……かしいな。いつついたんだろう。」
「痴漢にでも遭ったんじゃないの?寺川君、可愛いから襲われたんだろ。ちゃんと逃げれた?」
「まさ……か。」

ふいにぽろっと涙が転がって、琉生はその場で顔を覆った。

「え?!……わ、ごめん。泣かせるつもりじゃなかったんだ。冗談だったのに。まじだったのかよ~。ごめん~!」
「違う……って……」

一度溢れてしまうと、涙は止まらなくなった。
ぎりぎりの精神状態で持ちこたえてきた琉生の感情が、制御できないで嗚咽になった。

「ふぇっ……」
「店長~!店長~!寺川君が~!」

飛んできた店長が、事務所に琉生を呼び、湿布を張ってくれた。

「これで、いいかな。残りは持って帰って、風呂上りに取り換えるんだよ。」
「……すみません。」
「いいから、今日はもう帰りなさい。」
「でも忙しいのに……」
「そんな泣きはらした目で、ホールにいられたら、僕が泣かせたみたいじゃないか。お客さんに叱られるのは僕だよ?君のファンは多いからね。」
「すみません。」
「なんで、すぐ謝るかな。みんな自分の都合しか考えないのに。ほんとに……寺川君はいい子だね。何があったかは知らないけど、元気出して。」
「はい……すみません。」

繰り返す言葉に、店長は思わずくしゃと琉生の髪を混ぜた。

「僕にも泣きたいことがいっぱいあるんだよ。余りに思い通りにならないことが多すぎて、いちいち泣いていられないけどね。それに年を取ると、何でか泣き方も忘れちまうんだよなぁ。寺川君は、ピュアだね。」

一つ頭を下げると、琉生は店を後にした。
本当はぼくは、店長が言うようなピュアなんかじゃありませんと言いたかった。

夕暮れの風景が滲んで見えた。

いつもなら琉生は閉店まで仕事をするはずだった。
閉店時間には、まだ数時間もある。

琉生の帰宅は、尊にとって大きな誤算になった。




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
時間が前後しています。大丈夫かな、琉生……


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