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漂泊の青い玻璃 27 

見上げたまま、どれくらいそうしていただろう。

「あの……何かご用かしら?今日は病院はお休みですよ。」

声を掛けて来た看護師に、しばらくの間琉生は返事を返せなかった。
それほど絵に見入っていた。

青い空を浮遊する、大きな虹色のシャボン玉の中心で、健やかに眠る赤子は、きっと自分に違いない。
柔らかな光に包まれて浮かぶ儚いシャボン玉は、もしかすると母の胎内で育ってゆく自分の事を描いたのだろうか。そこにいる女性は、琉生の母の顔を映していた。

支えるように何本も伸ばされた手は、きっと両親のものだ。赤子が成長してゆく様子が、取り巻く光の中に一つ一つ描かれていた。
幼稚園の鞄をかけた笑顔の少年は琉生の顔だった。入学の様子、運動会で走る姿、年を経て伴侶を見つけ、やがてその手に新しい命を抱く。
優しい画家の視線が、見る事の出来ない眠る赤子の未来を丹念に追っていた。
命が尽きても、きっと父はわが子の行く末を案じていた……とわかる。その絵は、掌中の命への限りない慈しみに溢れていた。

最後に描いたと言う父の絵を見て、琉生は揺さぶられていた。
これ程まで父は自分を愛してくれていた。
注がれた愛情の形を見せられたようで、琉生の胸は熱くなった。知らず頬が濡れていた。

「すみません……これ……お父さん……の絵なんです……見せてください。」
「大槻さんの?……あなた、琉生くん?……まあ。わたしを覚えてる?」
「え……?」

看護師は琉生を知っていた。

*****

それからしばらくして、看護師控室で、琉生は数人の看護師に囲まれていた。

琉生が父の部屋で過ごしていたことを知る、当時の看護師達だった。

「大きくなったわね。琉生くん。さすがに、私たちの事は覚えてなかったか~。」
「残念。」
「すみません……」
「ちっちゃかったもの。無理ないわ。」
「あの絵ね、担当医だった先生が、お父さんにお願いして買ったのよ。」
「はい。お母さんが教えてくれました。」
「素敵な絵よね。わたし達も大好き。」
「時々、入院患者さんやお見舞いに見えた方が、じっと長い間見つめている時があるの。」
「そうなんですか?」

見入っていた琉生は、思わずどきりとする。

「松田さんだっけ?」
「そうそう、松田さんだったわ。事故でご家族を失って、一人でホスピスに入院してた患者さんがいてね。子供にも先立たれて、もう何の楽しみも無い、死を待つばかりで生きて来た甲斐もないって、毎日暗い顔をしていたの。私たちもどう接していいかわからなかったんだけど、ある日、ロビーに降りてきてこの絵に気付いたの。長いこと、車椅子で絵を見上げていて、大丈夫ですかって聞いたら、独りで生きてきたつもりでいたけどそうじゃなかった。かけがえのない時間があったのを思いだしたよって、明るい顔でおっしゃったのよ。」
「松田さんはこの絵を見て、自分が一人で生きて来たんじゃないことを思いだしたんですって。時代を流れてゆくたくさんの命の中の一つだったって。この絵の中に自分を見つけたよって言われた時は、わたし泣いちゃった。」
「その話を聞いた先生が、孤独を癒やす絵だって、気付いたからこの絵を買ったんだっておっしゃったけど、それはきっと後付けね。」
「そりゃそうよ~。でも、さすがに先生は、見る目が有りますねって言っておくのが、いい看護師なのよ。」
「でも、温かい絵よね。そう思うでしょう、琉生くん。」
「はい。」

豊満な看護師がうふふと顔をほころばせた。
琉生も思わずつられて笑顔になる。胸が熱くなっていた。

もうこの世にはいない父が、絵に込めたものが何となくわかった気がする。
完成された青い球体の中に眠る琉生が、いつか目覚めて父の後を追う。まるで予見していたかのように、二人で座りスケッチをする姿が有った。
白いパラソルを差した母が、二人の絵を覗き込んで微笑む……

「お父さん。また会いに来るね。」

琉生の前に、歩むべき道が出来た。
画家としては無名の父は、生活の為に夢半ばで筆を折ったが、愛する息子に指針のように一枚の絵を残した。
父と母と、琉生。
失われた幸せな姿が、そこに有った。




本日もお読みいただきありがとうございます。 (`・ω・´)

父が残した青いパステル画は、琉生の心を揺さぶりました。

(つд・`。)・゚+ 「……お父さんの絵を見たよ……」

(ノ´▽`)ノヽ(´▽`ヽ)「まあ、琉生くんなのね~」「久しぶりね~」←看護師さんたち


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