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漂泊の青い玻璃 22 

遅かれ早かれ、いずれその日は誰にも訪れる。
それは琉生にも、十分すぎるほど分っていた。

母の肌は、石膏の彫像のように白く美しく透明になり、琉生に別れを予感させた。
細くなった腕には、血管から注射液が漏れて青紫の痣を作り、訪問する看護師が注射をする場所がないわと嘆いた。
琉生はできるだけ明るい話をした。

「お母さん。先生がね、子供美術協会に送った絵が特賞になったって教えてくれたよ。県下ではぼくだけが特賞だって。」
「まあ、すごい。何を描いたの?」
「空想の街だよ。空中をチューブで移動するんだ。」
「そう……琉生の絵は、色が優しくてお母さんも大好き。琉生の絵の才能はお父さんに似たのね。お母さんと琉生のお父さんは、絵画教室で知り合ったのよ。お父さんが先生だったの。」
「へぇ……?そんな話、初めて聞いた。」
「そうでしょ?初めて話すんだもの。」

母はうふふっと声を上げた。

「琉生にはいつか、お父さんのことを話してあげようと思っていたの。結婚してからは時間が無くて、大好きな絵も描けなくて可哀想だった……」
「何となくだけど、覚えてる。お父さんも絵を描くのが好きだったよね?」
「ええ、すごく。大学の先生が、自分のアトリエに残らないかって言ってくれたくらい才能も有ったみたい。でも、好きなことを職業にするのはとても難しかったの。美術の教師は、募集が無くて……」
「ふ~ん……」
「琉生がお腹にいる頃は、お母さんはつわりが酷くて働けなかったから、お父さんが一人で働いたの。琉生が大きくなったら、いつかみんなで一緒にスケッチ旅行に行こうって楽しみにしてたのだけど、忙しくてとうとう叶わなかった……。」

今はない父が、どんなふうに夢を語ったのか琉生には見える気がした。
姿を思いだそうとしてもおぼろげだが、きっと父は自分を膝に乗せて絵を描きながら、時々は尊がするように、背後からぎゅっと、琉生の存在を確かめるように抱きしめていたと思う。
なぜなら不思議なことに、琉生は尊にそうされるのが、とても好きだから。
抱きしめられると、心地よかった。

「お父さんの描いた絵、見たかったな……この家にはないんでしょう?」
「あるわよ。いつか、お父さんのスケッチブック見せてあげる。内緒で押入れの奥にしまってあるの。それとね、最後に県展に出した絵が特選になったのを、大学病院の先生が買って下さったの。」
「それって病院で描いてた絵?病室に置いてあった?」
「そう。油絵具は病院では臭うから使えなくて、全部パステルで描いたのよ。」
「ぼくのクレヨンより色数が有った?綺麗な色がたくさんあって羨ましかった記憶がある。いつか琉生にあげるよって言ってた気がする。貰えなかったけど。」
「そうね。パステルを琉生が欲しがるんだって、嬉しそうに言ってた。先生は開業されてもう大学病院にはいないけど、絵は玄関ロビーに飾ってあるから、琉生も見た事あるはずよ。フィキサチーフ(定着液)を振っても色が剥がれるから、額に入れてあると思うけど……」
「そう……どんな絵だろう。」
「とても優しい絵なの。あ……でも、この話は寺川のお父さんにはしないでね。今は琉生のお父さんは、寺川のお父さんだから。いいわね。」
「わかってるよ。前のお父さんの話なんてできないよ。それに、お父さんはぼくとはほとんど話さないし……あ、噂をすれば……お父さん。ただいま。」
「ああ、帰っていたのか。早く宿題を済ませなさい。いつまでもお母さんの傍に居るんじゃない。長話は美和が疲れる。わたしが傍に居るから、ここはもういい。」
「はい……。ごめんなさい。じゃ、お願いします……。」

ほらね……というように、琉生は肩をすくめて母に目配せをした。

寺川の父は、琉生の母が病気になって以来、妻を失うことを極度に恐れていた。
リビングにパソコンを持ち込み、少しでも共に居ようとする寺川は、そのくせ何故か妻を入院させようとしなかった。
これまでの放任した態度とは一変、寸暇を惜しみ傍に居ようとする姿は、別人のようだった。
妻の限られた時間を少しでも共に過ごそうと言う気持ちだったのかもしれない。
しかし、それは琉生にとっても同じことだった。
残された時間を、母の傍で過ごしたかった。

医師は何度も入院を勧めたが、寺川は頑なに聞き入れず、医師も仕方なくできる限りの自宅療養と往診で治療をしましょうと折れた。
それは、不器用な寺川なりの、間違った深い愛し方だったかもしれない。
病状に応じた適切な治療を受けないまま、美和の命はゆっくりと確実に磨り減ってゆく。

琉生は近くに寄ろうとしても、いつも邪魔者のように遠ざけられて、自室で勉強するようにと、側に寄る都度追い出された。
思わず、小さなため息が出る。
琉生にとってもただ一人の大切な母親だった。

「心配してるのは、自分だけじゃないつーの。何だよ、病院へも連れて行かないで、大きな顔するな、くそ親父。」

思わず小さくごちた。




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)

琉生は懐かしいお父さんの話を聞きました。
(*⌒▽⌒*)♪「お父さんも、絵を描くのが好きだったんだよ~」

どうやら、寺川の父は、一癖も二癖もありそうな感じになってきました。(`・ω・´)やばす。


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