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小説・約束・1 

桟橋のそこかしこで、別れを惜しむ人の姿があった。
時間は迫り、日本へと向かう民間人を乗せた帰国船が、人々を急かすように出航の汽笛を鳴らしている。
重い雲は垂れ込めて、耐え切れずに漏らした低い嗚咽がどこからか聞こえてくる。

「トマス・・・」

「サヨコ・・・」

別れを前に、どんなに抱き合っても名残は尽きなかった・・・
二人の愛する国同士が、とうとう戦うことになってしまったのだ。
国連総会の決議上で、日本が求めた満州国建国への賛同は得られなかった。
「他国への侵略」
国連の決定に憤慨しながら椅子を蹴立てて帰国する大使には、見知らぬ民間人の二人の悲しみなど判ろうはずもない。
数年前、追われるように日本を離れ、アメリカに渡った二人の結婚は、新天地でも祝福されることはなかった。
人種差別の激しい南部では、東洋の島国から来た黄色い肌の女などただの「イエローモンキー」という珍種の猿でしかなかった。
名門、グリーサウザー家の大切な跡取りをたぶらかした東洋の島国の女、サヨコ。
名前などどうでもいい、血統を汚した憎むべき相手、サヨコはそれだけの存在でしかなかった。

続木沙代子。

それがサヨコの本名だった。
だが、彼女にとってもトマスは日本で同じような存在だった。
日本に来た外国の紅毛人に、貴族院に名を連ねる続木家の令嬢を奪われ、家名に泥を塗られたと、続木の人間は皆思っていた。
故国を追われるように、愛するトマスの胸に抱かれてトマスの故郷に渡り、そして今度こそ永遠に彼等は引き裂かれるのだ。
誰も、二人を認めなかった。
しかも軍からの召集が、トマスを追い詰め動けなくしていた。


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