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落日の記憶 19 

大江戸の大門が開くと同時に、澄川はささめの水揚げの為に、花菱楼へ登楼してきた。

共に禿だった六花は、本来なら現に帰れるが、今は男衆見習いとなり様々な雑用をこなしている。どうしてもささめの傍にいたいと言い張って、見習いが終わっても基尋の年季が明けるまで本名の浅黄として花菱楼で働いていた。

「細雪花魁。澄川さまがお越しになりました。」

「あい。ありがとうございんす。お待ち申しておりんした。」

細雪はやっと伸びてきた前髪を上げ銀のビラビラを差した、初々しい姿だった。自分で鏡を覗いて、公家の姫君だった母や姉に似ていると思う。

「待たせたかい?」

掛けてきた澄川の声に、細雪はふっと綻んだ。

「あい。下で誰かの声がするたびに、澄川さまではないだろうかと思いんして、鶴のように首を長くして、お待ち申しておりんした。胸がとくとくと弾んでおりんす。」

「可愛いねぇ、細雪。まるで吉徳大光の雛人形のようだよ。さなぎの羽化を見るようだね。」

雪華花魁の酒席に侍って、丸い花簪(はなかんざし)を桃割れの髪に挿した禿が、見違えるような姿になったのを澄川は喜んだ。

「あの小さな禿がこんな風になるとは、まったく驚いたねぇ。」

「細雪が雛人形ならば、旦那様。どうぞ、わっちとお人形遊びをしてくんなまし。細雪は旦那様に命をいただいた人形でありんす。」

そうけなげに返した細雪の指が、言葉とは裏腹に震えていた。雪華花魁、天華花魁に、無理なく澄川を受け入れられるようにと身体の準備も教わっていたが、初めて受け挿れる行為を思うとやはり心が萎えそうになる。細雪の目尻に、透明な滴が溜まり綺羅と光る。
澄川はついと顎をつまむと、零れ落ちそうな涙を吸ってやった。

「震えているね。」

「あ……申し訳もございんせん。」

「いいかい、細雪。」

「……あい。」

「わたしはね、お前を、惨い(むごい)目に遭わそうなどとは微塵も思ってはいないよ。雪華が大事に抱いてやってくれと頭を下げたから名乗りを上げたんだ。辛いのだったら、今日は何もせずに酌でもしてくれればいい。細雪、わたしは禿で入ったころから知っているお前が、とても可愛いよ。それとも、お前はわたしのことが怖いかい?」

「いいえ……!いいえ、澄川の旦那さま。勿体無いことでございんす。大事な旦那さまを細雪の初花を散らすお役に貸してくださった雪華兄さんの、お気持ちに応えてちゃんと粗相の無いようにお勤めできるか不安だったのでありんす。細雪が怖いのは、決して旦那さまではなく、自分の不調法でありんすぇ。」

「そうか……じゃあ、ここへおいで。わたしの口を吸ってくれるかい?」

「あい、旦那さま……」

おずおずとにじり寄った細雪は、澄川の頭を抱えると桃色の二枚貝のような唇を開いて、そっと澄川の唇を吸い始めた、上……下……交互に柔らかくつついては逃げる細雪の唇を、焦れた澄川が、追い詰めて吸い上げる。

「……あ。」

緋襦袢の上に糸を引いた銀桟が落ちた。
じっと、澄川は細雪の顔を覗き込んだ。

「参ったね。酌でもしてもらおうと思っていたのに、本気になってしまいそうだ。」

「可愛がってくんなまし……旦那さま。細雪は旦那さまの胸で溶ける、春の雪になりとうございんす。」

「いい子だ。ちゃんと煽るすべも知っている。どうやら、雪華はいい先生のようだね。」

「あい。色々教えていただきんした。旦那さま、お胸に縋ってもよろしゅうございんすかぇ?」

「いいよ。……どうしたね?」

膝を進めて、澄川の懐にすっぽりと抱かれると、細雪は頬を寄せた。

「旦那さまの御胸にすっぽりと抱かれたら、懐かしい葉巻の匂いがいたしんした。奢侈(しゃし)品等製造販売制限規則が発令されてからは、我慢なさっていたようですけれど……懐かしい。」

「細雪のいい人が煙草を吸っていたのかい?妬けるね。」

「申し訳もありんせん。お(父)もうさ……父の香りがいたしんした。」

「父御か。」

澄川はまじまじと細雪の顔を見つめていたが、やがて愉快そうに声を上げて笑い出してしまった。




本日もお読みいただきありがとうございます。此花咲耶


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