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平成大江戸花魁物語 11 

しかし、例え恋心の暴走でも、年季の明けていない者が、楼主の許しもなく大門を超えてしまったら、それは花街で働く者にとっては一番の禁忌を破ることになる。
決して有ってはならないことだった。

見習いの禿が、店出しするよりも早く誰かと筆下ろしを済ませ、兄様花魁の目の届かぬところで清らかな紅肉を晒すなどあってはならないことだった。まして、足抜けなどされては禿の面倒を見ている雪華の面目も丸つぶれだった。
それでも、初雪は初恋の相手を目指して逃げた。それほど思い詰めていたという事なのだろう。

「兄さんは、初雪に好きなお人がいることは、検めの時に知っていたよ。お前は達(い)く時に愛しい人の名前を呼んだからね。だから、兄さんはいつか助けてやろうと思って、自分の禿としてお前を引き取ったんだ。何とかしてやろうと算段していたのに、お前という子は、全く短慮だねぇ。」

「雪華兄さん……すみません。」

「簡単に死んじまおうなんて思いつくんじゃないよ。」

「あい……」

「こうやって捕まることは考えなかったのかい?捕まってしまったら、お隣のお兄さんと契る前に、ぼろぼろにされちまうだろうに、そんなことも判らなかったのかい。まあ、それでもお前が骸(むくろ)になる前に捕まって良かったよ。」

初雪は深々と頭を下げた。
楼主との約束をたがえた以上、何らかの詫びを入れなければならないと初雪にも判っていた。だが、足抜けの厳しい折檻を受ける位なら、いっそこのまま死んでしまった方が幸せかもしれない。

よその郭では足抜け男女郎(おとこえし)に対する折檻は熾烈を極め、時には命を落とすこともあった。
子供の歌う童謡「かごめ かごめ」の本当の意味を知ってしまったら、一見華やかな世界に見える色町に広がる闇に気が付くだろう。
籠の中に固く閉じ込められて、ひどい折檻を受ける。子供のざれ歌は、的確に残酷な売春を歌っていた。

*****

「雪華花魁。楼主のお父さんのお言いつけです。その禿を渡して貰いやしょう。」

「あっ。」

初雪はそれから花菱楼の男衆の手で剥かれて、改めて亀甲に縄目を受け、土間に転がされた。
手拭いに一つ、結び目をこしらえた枷を咥えさせられたまま倒れ込んでいる横に、雪華太夫はぺたりと座り、楼主に向き直ると土間に額を擦り付けた。

「お父さん。この通りでございんす。どうぞお許しくんなまし。こなたの子の不始末は、兄たるわっちの監督不行き届き。こなたの上は、きちんと言って聞かせんすから、今回ばかりはどうぞ堪忍してやってくんなまし。どうぞこの通り、お願いするでありんす。」

毅然としたその姿は、土間に土下座しようと、打掛が半分脱げかけていようと咲き誇る白木蓮の潔さにも似て穢れなく美しかった。

「さあねぇ。例えお前の頼みでも、わたしはこの子に面目をつぶされたわけだからね。それに、足抜けを許したとあっちゃ、他の廓の主の方々にも言い訳のしようがない。こればかりは、お前の頼みを聞くわけにはいかないよ。それに、逃げた初雪の落籍は、元々父親が持ってきた話だ。身内が身請けすると言うものを、どうして止められよう。」

「そうでありんすか……。お父さんのお立場もありんしょう。では……」

つと立ち上がると、楼主の耳元に艶やかな桜色に染めた唇を寄せ、何事かささやいた。




本日もお読みいただき、ありがとうございます。
ハピエンなので心配しないでね~!(*⌒▽⌒*)♪←時々、うそつきこのちん。
雪華花魁は、何かを決意したようです。 此花咲耶


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