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平成大江戸花魁物語 4 

男が綺麗に着飾って、身体を売る。詳しいことは東呉には良くわからないが、どうやらここはそんな場所だ。
東呉は、ぽんと「湯殿」と書かれた風呂に放り込まれ、湯を使うように言われた。

「い、いいですっ。自分で洗います~!」

抗っても無駄ですからね、と、柳川に言われた通り、まるで野菜を洗うような毛際の良さで頭のてっぺんからつま先までごしごしと磨き立てられた。
男衆の手で、シャツもぱんつも奪われた後は、刷毛で背中や胸に水おしろいを塗られ、仕上げに紅いお振袖が掛けられた。
椅子に座らされると、両膝の間に化粧師が入り込み、つるりとした下肢のささやかな徴にまで何やら化粧を施された。東呉は……改め、禿の六花はずくんとくすぐったいような気持ちを味わった。

「ひ、ひゃあ~。」

「検めはこれで終わりです。」

若いから化粧が生えますね、さすがは良い血統だなどと、役者のような顔をした化粧師が話していたが、東呉には何も返事が出来なかった。言われるままに紅を引かれ、深く考えもせず行儀見習いに来たのを後悔していた。
鏡の中にいる紅い振袖の小さな生き物が、じっとこちらを見つめて怯えている。
見知らぬ場所に呑み込まれるのが、怖かった。

*****

花菱楼の出窓の内側で、雪華太夫は新しく入った禿の為にあつらえた簪(かんざし)を、いくつも並べてどれをくれてやろうかと思案しているところだった。
花菱楼の最高位、花魁、雪華太夫の手の中で、紅い薬玉かんざしと、花簪(かんざし)がくるくると回っている。
太夫付きの禿(かむろ)として東呉……今は六花は連れて来られ、静かにうつむいて、前髪に挿して貰おうと待っていた。緊張で高く打つ自分の鼓動が、相手にもとんとんと聞こえる気がする。

「六花(りっか)、ぬしは、どちらの簪が好きでありんすか?」

「おれ……雪華兄さんの選んでくださるものなら、どちらでもいいです。どっちも、綺麗だし。つか……どうせ、こんなの似合わないし。」

雪華大夫は、合わせた着物の襟をついと奥に抜いた。

「そうじゃないでしょう?先に教えた廓言葉はどうしたでありんしょう?」

「あっ……!ごめんなさい。」

「それとね、「どうせ」なんて卑屈な物言いは止めるんだね。そんな卑屈な禿が付いた花魁に、お客さまはお金を使うのかい?なんでも精一杯やってる姿を見ていただかなくてどうするね。しっかりおし。」

頬に朱が走った。

「心配しなくても直、ありんす(廓言葉)には慣れるよ。ねぇ?」

笑って六花に微笑んだもう一人の禿の名前は、初雪という。揃いの紅いお振袖を着ていた。東呉よりも少し早く入った年上の少年だった。
こちらも前髪をきちんと眉の上で揃えたおかっぱ頭で、いずれは振袖新造となり、雪華太夫のような花魁を目指すはずの、幼くともかなりの器量良しだった。
既にいろいろ勉強を始めているらしい。
いつかは最高位の花魁になる為、禿の初雪は、廓(くるわ)言葉も既にこなせると言う。

「だいじょうぶ。こつさえ覚えれば、簡単だから。教えてあげる。」

「は……あい。」

六花はお願いしますと頭を下げた。
外国から来た上客は、神の国日本に夢を見る。特に江戸前の花魁言葉を好むのだそうだ。
ことに六花や初雪のような少年禿が、回らぬ舌で小雨交じりの夜に、黒番傘など差し出して「主さま、雨が…」などと言おうものなら感激のあまり悶絶するありさまだった。この場所では雨も映像だけで濡れたりはしないが、雪も降れば花も散る。

海外では、いまだに日本の表記と言えば笑えるほど、「富士山」、「芸者」、「侍・忍者」らしい。最近はそれに、合わせ技でアニメも入る。
大江戸と呼ばれるもう一つの地下東京に、まるで大人のテーマパークのようにして、一つの不思議な完璧な江戸の花街が広がっていた。

「わ……わっちは、雪華兄さんの選んでくださるものなら、どちらでもいいでありんす。」

「そうだね、いい子。六花、お前は呑み込みが早いよ。」

「あい。うれしいでありんす。」

くす……と雪華は綻びかけた蕾が開花するような艶やかな笑みを浮かべる。
うっとりと六花は雪華大夫に見惚れてしまって、なかなか勉強にならない。廓詞もなかなか身に付かなかった。

「わっちと二人きりの時は、普通に話してもかまいんせん。でも、誰かが居る時は……がんばろうね。」

六花に甘いと言われながら、雪華大夫はうぶな六花がどうにも可愛いらしく、袖を引くと膝上に乗せた。

「あれ。雪華兄さん。」

「可愛い六花。花魁の命はせいぜい二十歳過ぎと短いんだ。書道、茶道、和歌、箏、三味線、囲碁、それに今は三か国語位は自在に操れないと、ここではお話にならないよ。二年の年季で行儀見習いに入ったとしても、覚えることはいっぱいある。励みなさい。」

「あい。」

思わず居住まいを正した。




(ノ´▽`)ノヽ(´▽`ヽ)初雪「禿同士~!仲良くしてね~!」六花「よろしくお願いします~」

本当の「検め」というのはこんなものではありません。
まっぱに向かれて、どこもかも調べられます。六花は行儀見習いで入りましたので、この位なのです。


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