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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・14 

ただ、島原の乱と後世が名をつけた、土一揆は一筋縄ではいかなかった。


わたしが思う限りの策を披露し、少しずつ幕府方の責め方も意識も変わってきたが、板倉殿の昔ながらの戦の方法は、あたら犠牲を増やすばかりだった。


石垣に近寄るだけで、上空からまるで降るように、石つぶてが落ちてくる。


大きなものは赤子の頭ほども有り、骨まで砕けた足軽も大勢いた。


キリシタンによる一揆は、神に守られているという団結力の元、美しい少年の下に人々が終結していた。


父上の知己である板倉殿は、武功を焦る余り無駄な徒労を繰り返し、やつれ果てていた。


翻弄される幕府方の犠牲は、気の毒なほど多かった。

疲労困憊した板倉殿に、未だ落とせぬのかと何度も届く、上様からの性急な書状。


お気の毒な板倉殿は、現場でも無策者と追い詰められ、九州の諸侯が中々重い腰を上げないこともあって殆ど孤立していた。


わたしは胸を割り板倉殿と、親密に話をする機会を持った。

幾度も短慮な行動に出ぬようお諌め申したが、板倉殿は終に血走った目で一揆勢に一斉攻撃を仕掛けると宣言した。


どうあっても意見を曲げない板倉殿に、わたしは父上の代わりに参上した自分の命を惜しむまいと誓った。


父上の友人と同道するなら、例えここで散華しても父上はお叱りにはならないだろう。

何よりも、三里藩の面目は立つだろう・・・と思った。

止める大輔を振り切って、わたしは板倉殿に無謀と知りつつ先陣を願った。


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