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露草の記・参(草陰の露)20 

ニガクリタケの猛毒から秀幸を救った時も、義元の取った手段は正しかった。毒茸を口にした秀幸に大量の水を飲ませ胃の腑を洗浄した。

いつか親しく寄り添うようになった秀幸との間に何が有ったか、義元は仔細を訪ねたことはなかったが、小草履取りとして側に仕えて以来、常に秀幸のためだけに生きてきたような義元を知っている。
兼良は、必死の眼差しを受け止めた。

「その施術で、秀幸は必ず助かるのか?」

(……義元の命を賭しまして……)

と、頷いた。

(それに……。お可愛らしい照姫さまのお顔も、お救いしたいのです。)

(あれほど若さまを慕っておいでになるのです。花の顔が……崩れてしまってはお可哀想です。)

「そうだな。わたしの知っている美姫も、可哀想なことになってしまったよ。」

治癒後に残った痕跡から、痘瘡は別名、「美目定めの病」とも言われ、忌み嫌われている。
痘瘡の病後、各藩の美姫と言われた女達が、自分の顔に残った痕を深刻に憂い、自ら命を絶った話は、兼良が知っているだけでもいくつもあった。

義元の言う信じがたい方法なら、照姫の顔が損なわれる心配もないのだろうか。
兼良は滑らかな白磁の肌で懸命に訴える、義元を見つめた。

*****

しかし、義元には伏せた話もある。

あれこれと外科手術のようなことまで行う忍びの秘伝は、実際は方法としては乱暴な物である。鍛えた忍びでもその後、高熱に耐え切れず命を落とすこともあった。
それほどこの病は強く、何事もなく生還するのは難しい。

全てが上手くいくとは限らないとは思ったが、加持祈祷だけに頼るよりも得策ではないかと兼良は思案の末、腹を決めた。
何より目の前に居る義元が、成功の証としてその場にいた。

「兄上に言上して参る。そなたは、秀幸の居室で待て。」

(どうか……一刻もお急ぎ下さい、父上。少しでも、早い方が……良いのです。この施術は時を争うのです。)

祈るような面持ちで、義元は藩主の沙汰を待った。
このようなことで、大切な秀幸の命を失いたくはなかった。

*****

義元は、ふと左の肩を触って、小さく盛り上がって痕になった傷を確かめた。

痘瘡の高熱で苦しむ自分に、細い刃物を突き立てて膿を塗りこんだのは誰だったか……?

「露、死ぬなよ、死ぬなよ。」

懸命に励ます兄の顔が、高熱で薄れゆく意識の中で滲んだ。

「暫しの辛抱ぞ。わしがきっと助けてやる。」

脳裏に懐かしい声が響く。

(え……んっ、痛いよ、玄太にぃ……。熱いよ……。)

「我慢せよ、露。」

露草は一月余りも寝つき、生死の境を彷徨った。
なかなか起き上がれない露草を膝の上に抱き、薄い粥を木匙で一口ずつくれたのも兄だった。

「たんと食え。後は、食って眠ればきっと元気になるぞ」

「小さいのにえらかったなぁ、露。」

「玄太にぃ。……つゆは、死ぬなよって言う玄太にぃの声を聞いたんだよ。」

「そうか。大きな声で呼んだからな。三途の川を渡らずに帰って来たんだな。可愛い顔に痕が残らなくて良かった。」

「うん。つゆは、玄太にぃの声を聞いて帰って来たんだよ。」

息を吹き返した雛鳥は、親鳥のような義兄の温かい懐に甘えた。

命ある限り……忘れまいと思う。
その優しい兄を、自分は手にかけた。

初めて心から仕えたいと願った秀幸を守るために、身代わりに初陣した戦で、倒れこんだ忍びを長槍で突いた。
信じられないと言う表情で、自分に向かって玄太は手を伸ばした。
おそらく、あの傷が致命傷となって玄太は落命しただろう。即死だったかもしれぬ。
鋭い切っ先が、肉を裂く手応えをまだ手のひらが覚えていた。

あの日。
義兄と共に、忍び草の「露草」も死んだのだ。
昔、露草と呼ばれた義元の胸に、冷たい隙間風が吹いた。





いよいよ終盤に差し掛かってきました。
秀幸と照姫の病はどうなるのか……そして、義元は……。(*⌒▽⌒*)♪

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