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露草の記・参(草陰の露)15 

老女の指差す先には、鶯に良く似た草色の小鳥が一羽止まっていた。

「ほら、あれに。」

「まあ。どうしましょう。弥太があんな所に……。」

天守の破風の先に、今にも飛んでいってしまいそうな照姫のめじろが居て、ちょんちょんと瓦の上を歩いている。

「弥太、弥太。いい子だからこちらにいらっしゃい。」

*****

(……お女中。風切り羽は?)

麗しい義元にいきなり耳元に囁かれて、侍女が腰を抜かしそうになった。

「はい、はい。羽は切ってございます。」

(なら、たやすいな。)

羽織を脱いで、邪魔にならないように、きりと袂をたすきでくくると、あっという間に義元が屋根の上にひらりと移った。

「あれ、義元さま。危のうございます。」

「大丈夫じゃ。心配はいらぬ。義元に任せておけばよい。」

心配する照姫に、秀幸は肩を抱き無事を請け負った。

言葉通り、音もなく瓦の上を数歩歩いたかと思えば、たんと飛び上がって、義元は身軽く、破風の先の小鳥を捕まえ、空中で見事にくるりと回った。

「……まあ、義元さまの、なんと御身のお軽いこと。」

大事に両手で包まれて差し出されためじろの弥太は、照姫が手ずからすり餌で育てた、大切な宝物であった。
大切だからこそ、はるばる双馬藩まで連れてきた。
そっと受け取り、胸元の鳥籠に移した照姫は、感激の余り泣かんばかりの面持ちになっている。

「義元さま。ありがとう存じます。」

(いえ……。)

*****

我に返った義元は、しょんぼりと恥じ入っていた。
確かに飛び去ろうとした小鳥を、咄嗟に掴まえるには屋根を走るしかなかった。
だが、屋根を走ってまで捕らえる必要があっただろうか。

秀幸の許婚に卑しい自分の過去を晒し、養子にしてくれた藩主の義弟でもある兼良に恥をかかせてしまったと、内心申し訳なく思った。
兼良の養子になると決めた時、どこまでも雄々しい武人として暮らす決心をしたばかりであったのにと、義元は落ち込んだ。

(考えもなく……浅はかなことを致しました……。)
(不調法な真似をして……申し訳ございませぬ、父上。出過ぎたことを致しました。)

(どれ程つくろっても……、身に付いた「草」の本性は変えられませぬ。」

その場に手を突き、義元は肩を震わせた。
どんなに励んでも、子どもの頃に作り上げた肩幅のない華奢な体つきは変えようがなかった。
こうして露見した所作を見て、そういえば、義元殿は生まれ付いての武者ではなかったと、周囲が思い出し口にするのが辛かった。

照姫の泣きそうな顔を見て、思わず屋根に駆け上がった義元は、小草履取りを養子にした変わり者と陰で噂される兼良のためにも、普段から必要以上に武士らしく有りたいと無理をしている。
小太刀の方が得意であったのに、兼良の槍の腕に追いつこうと何時間も重い朱槍を回し、肩を痛めたことも隠していた。

戦で主人の命を救った者として、ほんの少し前までは、一身に尊敬を集めた義元であったが、平和な世になってくると、重臣の間では公然の秘密の出自を、口さがなく噂する者もいると知っていた。

「義元、些細なことを気にするでない。照姫も喜んでおられる。」

(……は、い……。)

兼良が、ぽんぽんと頭に手を載せたが、うつむいた義元の目もとが紅くなり涙がじんわりと滲む。いっそ、きつい言葉を掛けられた方が良かった。

「義元さま。何故、泣かれるのじゃ?」

義元の涙に気付いた照姫の、真っ直ぐな目が問う。

「草」であったときは、人前でこんな風に感情を自制できない自分ではなかったはずなのに……と、余計に気が沈んでゆく。




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