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露草の記・参(草陰の露)8 

天守から見下ろす本多の目に、疾風の如く去り行く客人の二頭の馬が見える。
思わぬことから双馬藩の金山が手に入り、本多は内心悦に入っていた。

思えば、双馬藩を取り潰しに行けと告げた日が、本多と忍び露丸の別れになった。
もう逢うことはないかもしれぬと、本多は遠く双馬藩に身を置く草の面影を思った。

「居場所を見つけたか、露丸……いや、今は於義丸と言う名であったか。」

振り返った寂しい露丸の面影に、心の内で声をかけた。
これで良いのでしょうかと、小首を傾けた露丸に聞かれた気がする。

「よい、よい。もう十二分に働いたゆえ、そちは放免じゃ。自由に暮らせ。身体をいとい達者での……。若竹のような惣領に可愛がってもらえばよい。」

手文庫に放りこんだ、菓子の包みはまだいくつもある。

「露丸の好物を、預けてやれば良かったな。」

「さて……この砂糖菓子。次は、誰にくれてやろうかの。」

本多の目は、間近に天下に号令するはずの徳川内府ただ一人に、向けられていた。

*****

一目散に馬を走らせ、兼良と秀幸(幼名、秀佳)は双馬藩へと帰還した。
少しでも早く、国許に吉報を伝えたかった。既に早馬が、二人の帰りを藩主に伝えているはずだった。

僅かに回復の兆しが見えた藩主が、床上げをし二人を迎えた。

「義兄上。すっかりお顔の色が良くなりましたな。思いのほか本多殿は物わかりが良く、上首尾でござった。」

「それは、重畳。兼良殿、秀幸、ご苦労だった。では、於義丸は晴れて自由の身になったのだな。」

「はい。この通り本多殿に、一筆頂いて参りました。」

「そうか……。確かにこれは本多殿の花押じゃ。於義丸、良かったのう。」

藩主と兼良は、ふくれ面の秀幸を肴に、和やかに酒を酌み交わしていた。本多と秀幸が交わした話を揶揄し、二人は大いに盛り上がっていた。

「おお……。秀幸は成人したゆえ、もう於義丸を泣かしては居らぬと答えたか。」

「それを聞いた時の本多殿を義兄上にお見せしたかったですよ。まあ、鳩が豆鉄砲を食らった顔というのはああいうのを言うのでしょうな。」

「冷静沈着を絵に描いたような本多殿の顔が、歪んだか。それは見たかったのう。」

「秀幸殿を連れて参ったのが良かったのです。どうやら、本多殿にも思い入れがあったようで、双馬で秀幸殿に大切にされていると聞いて、安堵したのではないですかな。どうやら格別に可愛がっていたようでした。のう?秀幸殿。」

人払いをし、そこにいるのは藩主と兼良、秀幸と於義丸のみである。

「……御二方とも、そのように面白がって。わたしがおギギを泣かせた後、あの日どれだけ後悔したか、父上も叔父上も知らぬからそのように言うのです。もう二度と泣かせぬと誓ったのですから。」

秀幸は、すねていた。
目の端に柔らかく自分に向かって笑みを向ける於義丸がいる。その姿は変化を解いて、今や自分とは似ても似つかない。
於義丸は、剥かれてしまった自分を抱えて、家臣の目もはばからず声を上げて泣いた秀幸の、温かい涙を思い出していた。
柔らかな笑みを浮かべた於義丸が、藩主の杯にとろりとした白い濁り酒を足した。度数の高い芳醇な香りが、馥郁(ふくいく)と居室に広がってゆく。

「これにも注(つ)げ、おギギ。わたしも飲む。」

秀幸が持ち上げた杯の上に、そっと白い手を伏せて首を振った。

(お酒(ささ)はいけません、わかさま。)

「つまらぬ。おギギは、まるで頭の固い秋津のようじゃ。」

そう言いながらも、結局、秀幸は於義丸の手渡した饅頭を、ぱくりと頬張っていた。





抜け忍として命を狙われるようなことはなくなりました。一安心……。(*⌒▽⌒*)♪
穏やかな日々が、しばらく続きます。

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