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露草の記(弐)10 

別れの前日。
父親は珍しく露草の鍛練を切り上げ、二人きりになる時間をくれた。

おそらくもう今生では会うことはないと、父も思ったのだろう。哀しい義兄弟の、別れの時間だった。息せき切った露草が、屋根の上に飛び上がってくる。

「玄太にぃ!」

「露。ここへ来い。久し振りに抱いてやろう。おお……、重うなったな。」

今だけは、幼い時のように愛おしいと思っても誰にも遠慮はいらなかった。
兄の膝の上でにこにこと頬を染めて笑う少年は、すでに9歳になっている。

「ここからの眺めが、わしは一番好きじゃ。」

「うん。つゆも好き。」

「露が自分でここまで登ったのは、ついこの間みたいな気がするがな。」

「そんなことないよ。」

ぷぅとふくれっ面になった。

「露。最後に猫の歌を教えてやろう。」

「ね……こ?」

「そうだ、忍び込んだ屋敷で、時刻が分からぬようになったときは、その家の飼い猫の目を見るのじゃ。忍びは猫の瞳を見て、時を知る。」

猫の目には特殊な網膜があるので、瞳の大きさで周囲の時間を知ることが出来た。

「よいか。」

「六つ丸く、五七は卵、四つ八つは柿の実にて、九つは針、……と、覚えるのじゃ。」

「さあ。露も、歌うてみよ。露が可愛がっている三毛の目も同じだから、気を付けて見て見よ。時刻で虹彩の容が変わる。」

「……むっつ丸く、ごひちは卵……。よっつ……」

「そうだ。それから?」

「露は……今日から、猫は好かぬ。……三毛も可愛がらぬ。」

うつむいたきり、露草は黙った。
歌を覚えたら、大好きな兄が行ってしまうと思った。泣き虫の露草の頬を、いくつもの涙が転がり足元の瓦の色を濃く変えた。
玄太はいつにもまして優しかった。
露草を膝の上に乗せて、背後からきゅっと抱きしめると告げた。

「露。お前を一人前にしたいから、わしはおまえを捨てるのじゃ。」

「玄太にぃは、つゆを捨てるのか……。」

捨てるといわれて、露草はぐいと拳で目もとを拭った。

「玄太にぃは、つゆを……もう要らぬのか……。つゆを……嫌いに、なったのじゃな……。」

露草の声が涙混じりになり、どんどん小さくなった。

「だから……つゆを、捨てる……。」

「それは違うぞ。露を嫌いになぞなるものか。ずっと懐に抱いて大切に育ててきた、かけがえのないわしのおととじゃ。……そら。露がいつまでも泣くと、わしも辛い。」

「も……もう泣かぬ。鍛練以外ではもう二度と泣かぬから……。」

そういいながらくるりと振り向き、柿色の野良着の襟元を握ったまま離さなかった。

「玄太にぃ。つゆも行く……。つゆも……一緒に連れてって。」

悲鳴のような鳴き声が零れる。まだ、10(とお)にも満たない幼い子供だった。
玄太は懐から、小さな包みを取り出した。

「ほら。露、口を開けてみろ。」

「あ~ん。」

何かがぽんとほおり込まれ、ほろりと口の中で、砂糖が溶けた。

「おいし……。なぁに、これ?」

「金平糖というのじゃ。南蛮から渡ってきた菓子じゃ。」

「こんぺいとう。」

「よいか、露。お役目が上手く行くと、たんと金平糖がもらえるぞ。」

「……ほんとう?」

「そうとも。新しく仕える殿さまに、きっと露の事を頼んでおく。わしの可愛いおととをよろしくお願いしますとな。お役目が上手くいきましたら、露に甘い金平糖をやってくださいと、きっと頼み置く。」

「ゆびきりする。」

小指を絡めて、せん無く指切りをした。
甘い菓子は露草に衝撃を与え、その日の約束は露草の心の深いところに刻まれた。
お役目に励めば、金平糖がいつか兄の元へ連れて行ってくれると、露草は理解した。

*****

玄太は顔を覗き込み「さあ、もう泣くまいぞ。」と、両の手で優しく頬を挟んだ。

「遠く離れていても、我ら忍びのお役目の話は聞こえて来る。金平糖を食べたら、わしとの距離が縮むと思え。どんなにお役目が辛くとも励めよ、露。」

「……あい。」

「決して、お前のことは忘れまいぞ。露は一番大切なわしのおととじゃ。」

「玄太にぃー……。」

貰った金平糖が零れ落ちて、屋根をころころと転がった。





。・゚゚ '゜(*/□\*) '゜゚゚・。「玄太にぃ~~!つゆも行く……。」

(´・ω・`) 玄太「達者で暮らせよ。露。」

とうとう別れ別れになってしまいます……ごめんね、露草。(ノд-。)←

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