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露草の記 (壱) 23 

本多の軍勢は、国境から双馬藩を取り囲むように、他藩の旗印や馬印を立てて静かに整然と進軍していた。一万を超える大軍は、見事なまでにその正体を隠していた。
東軍に組したものを何の咎もないまま攻め落とそうとするのだから、ことが露見した場合、天下人が目前の徳川と言えども、他藩のそしりを免れないだろう、慎重にならざるを得ない。
国境で軍を止め、声を荒げて、顔を隠した本多は周囲に何度も問うた。

「露丸の狼煙(のろし)は、まだ見えぬか?」

素早く事を進めねばならない。
全ての手を打って、軍勢は露丸の知らせを待っていた。
露丸が兄と慕う草が言葉を濁した。

「時間がかかりすぎる。このようなことは、初めてでございますな……。」

その不安は、見事に適中している。
露丸は機を見て、攻め寄せよと狼煙を上げて合図を送って来たものの、それから何も言ってこない。
本陣の場所を知らせて来たら、すぐに精鋭部隊をつぎ込む手はずになっていた。

「何を手間取っているのだ、露丸は。」

一度様子を伺いに忍び込んだ時には、変わった様子はなかった。首尾は上々と、静かに答えた。

「まさか……とは思うが。」

ふと疑念が持ち上がる。
奴め、双馬の嫡男に情が沸いたか……?
それとも計画が露見し、文字通り露と消えたのだろうか?

「急ぎ、様子をうかがって参ります。しばらくお待ちください。」

戦場で露丸を探し、草は走った。

*****

柿渋色の装束は闇に溶ける。
夜明け前の薄暗がりの中、火花を散らして槍を合わせる雑兵どもの傍らを駆け抜けても気付かれることはない。
そして、草は目を疑う場面に遭遇する。
目指す相手は、本多の雑兵を串刺しにし、双馬藩嫡男として戦果を挙げた所だった。

「お見事でござる!秀幸殿!」

「なんの!叔父上こそ。」

双馬藩自慢の騎馬隊が、軍神兼良と共に、初陣を果たした嫡男を守る。
上手く化けていたが、草にはそれが露丸だと一目で知れた。
「草」は唇をかんだ。よもや、このような事態になっていようとは……。

「露丸っ!寝返ったかっ!」

聞き覚えのある声に、思わず動転した秀幸が顔を向けた。
草は素早く駆け抜け、嫡男の馬上に造作もなく駆け上がった。

「申せ。この仕儀は、何としたことじゃ。」

喉輪(喉当て)越しに、細長いクナイ(武器)を突きつけられて、安名秀幸は呻った。

「あ、兄者か……。」

「早う、立ち返れっ。嫡男は死んだのか?首尾はどうなっておるのだ。裏切りは許さぬ。」

薄く笑みを浮かべて、相手は頭を振った。

「露丸っ!おまえっ!?」

露丸は本多を裏切り、双馬藩と共に有ると草は知った。
信じがたい現実に、草の目が眩む。このようなことは、これまで一度もなかった。

「一体、双馬で何が、あった……?」

「お許しください。露丸は命を投げ打っても惜しくない、主君に巡り会ってございます。」

「おのれ、露っ!この一大事に何と言う戯言じゃっ……!」

「すまぬ、兄者。」

首に当てたクナイをそのまま掻き切ろうとして、一瞬の戸惑いが油断を生じた。

「……ぐわっ!」

叫んだ曲者は、背後から兼良に袈裟に斬られ、馬の背から転げ落ちた。
露丸が化けた秀幸に届けと、伸ばした手に容赦なく騎馬隊の足が乗る。
蹴散らされて、呻いた胸元に馬上から一閃、長槍が、垂直にすとんと落ちた。

「おさらば。」

敵を見下ろす双馬藩嫡男の目に躊躇はなく、一瞬、このような生き生きとした目は、自分の知っている露丸ではないと思った。
露ならば、幼き頃より共に育った自分に刃を向けるはずはない。むつきさえ、自分が換えたのだ。

「おのれ……っ。痴れ者……め。露っ!」

渾身の力を込めて、草は、命が尽きる寸前、手の内の得物を投げた。

ひゅと空気を裂いて、弧を描いた鋭利な刃物が秀幸の喉元を裂く。

「あ……っ!」

喉輪を突き通して、鮮血が噴き上がり、霧となり散った。
ずる……っと馬上から、裏切り者の体が気を失って、滑り落ちた。

「秀佳ーーーっ!?」

思わず、兼良が甥の幼名を叫ぶ。

「露丸っ!しっかり致せ!浅傷じゃ!」

兼良はがくりと首を垂れた於義丸を馬上に抱え上げ、陣へと急いだ。
手当てが急がれた。





(´・ω・`) 重傷を負ってしまいました……。

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