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露草の記 (壱) 22 

双馬藩嫡男が初陣を飾った日から遡って、およそ二年前。
三河の地には、後に於義丸と呼ばれる草の姿があった。

関ヶ原の大戦後、まだ子供にしか見えない「草」は、徳川の懐刀と呼ばれる本多の屋敷に呼ばれていた。
庭先に控えた華奢な少年は、露丸という呼び名はあるものの、身分はどこで倒れても屍を拾う者もない儚い「草」である。
又、西国から文が届いた……と、本多が弱音を吐いた。

「関ヶ原で武功のあったものが、約束の褒美はまだかと矢の催促じゃ。」

「露丸、すまぬが此度も急ぐぞ。」

はいと、答えた。

「ご苦労だが、屋台骨を崩しに双馬藩へ行ってくれ。」

「双馬藩でございますか?でも、あそこは確か……。」

武勇で鳴らした双馬藩の名は、少年も聞いたことが有った。確か、東軍に組した味方のはずではなかったかと思う。

「わかっておる。だがのう……西軍にどれほど仕置きしても、褒美にくれてやる領地が足りぬのじゃ。」

いらいらと、心底困った風に本多が言う。

「内府殿のお味方を増やす大切な時期じゃ。こちらも少しばかり、無理をせねばの。油断すると再び豊臣の残党どもが騒ぎ出しそうじゃ。今は、多少無理をしても結束を固めねばのう。」

人払いをしているので、そこには草と二人きりだった。

「本多さま。その大切なお味方を、お取り潰しになさいますのか。」

「他に褒美をくれてやる方法がない。双馬藩の豊かな産業を、領地ごと根こそぎさらって分配する。」

「……で、露は双馬で何をすればよいのです?」

本多は、耳に直接計画を明かした。

「図面はできておるぞ。まずは、十年前に正室をなくした藩主に、こちらの息のかかった後添えを送り込む。わしが家臣に下げ渡した側室だが、既に腹にはわしの子が居る。そのまま上手く子を成せば、その子を跡目にするために嫡男を廃嫡に追い込むか、自害に見せかけ殺害せよ。」

「藩主には毒を盛って消してしまえば、おのずと、領地はこちらに転げ込む。家老をたらし込んで、我子の後見にするよう女には言い含めておる。悪い話ではないからの……。」

「では……露は、双馬藩の若さまの始末をするのでございますね。」

「承知いたしました。」

ためらいの欠片も見せず、少年は艶然と微笑む。
それが密命ならば、言われるままにこなせばよいだけの事。それが、草と呼ばれる忍びの務めだった。密命に感情を挟む余地はない。

*****

戦前、関ヶ原で東軍は不利といわれていた。

それがふたを開ければ、半日で片がつく事態となった。豊臣軍の筆頭、石田が人望がないのも確かだったが、人たらしの本多の根回しが功を奏したとしか言いようがない。あちこちに文を送り、諸藩に甘い鼻薬を嗅がせるのも忘れなかった。

本多は、味方になれば十分な領地を約束し、褒美を惜しまぬ約束をした。倒した西軍大名の所領をそのまま分配する手はずになっていた。
だが、思ったほど取り上げた所領が少なく、目論見が違った本多は戦後処理に頭を抱えていた。途中で寝返ったものなどに薄情な仕置きをすれば、この先の天下統一に支障があるだろう。徳川は天下万民のため、正義の戦をしたと知らしめるには「慈悲ある徳川」の英断を広く見せるのも必要だった。
無い袖を振る為には、味方を切り取るしかない。

「良いか、露丸。これが、そちが化ける嫡男の人相書きじゃ。名を安名秀佳という。」

はらりと手に下された似顔絵は、簡単なものであったけれど、横顔が露丸の心に響いた。

「まぁ……何とも、お可愛らしい若さまで、ございますね。」

「藩主殿の掌中の珠は、露よりも二つ歳下じゃ。」

本多は告げた。

「こやつに、成り代われるか?」

「はい。」

人相を変えて潜入することなど、容易いことだった。
それよりも歩き方、話し方、地方ならば話し言葉に訛りがあれば真似るのは難しい。
少年の声を傍で聞くのが肝要だった。しばらく時間を掛けてもよいのなら、これまで通り、必ず成し遂げてご覧に入れると「草」は約束した。

嫡男に化けて、深く内部に入り込めとの本多の計画は、一見無謀に見える。
だが、これまでこの少年はいくつもの諸藩に入り込み、内部からそ知らぬ顔で親を欺き、幼い跡取りにも血刀を振るった。
露丸の手に掛かり、人知れず野犬の餌になったやんごとなき者も多い。藩主の側室や嫡男に「成りすまし」て、草は内部から騒動を起こした。

本多の命を受けて潰した藩は、関ヶ原以降だけでも既に片手ではきくまい。
既に藩主に正室を送り、侍女として入り込んだくノ一共が、色と欲で少しずつ家老や藩士を懐柔し、双馬藩の内情は今や三河に筒抜けになっている。

「良いか、露丸。期限は二年。決起は春。日時は追って沙汰をする。」

「かしこまりました。」

「露。」

呼び止められて、眉目秀麗な草が振り向いた。

「褒美は何が良い?」

「……金平糖を。」

「たんと、下さりませ。」

「おかしなやつじゃ。砂糖菓子一握りでなんでもやりおるわ。」

家康には勿体無いと言われた、切れ者の本多がひょいと捻った紙をほおった。
奥歯で噛むほろ甘い砂糖が、皺になった人相書きの表についている。
歪んだ嫡男の似顔絵に、ふと何かいつもと違う予感がした。

「双馬藩嫡男、安名秀佳さま。」

くすくすと、こみ上げる笑いが徐々に高くなってゆく。

「……露と一緒に、遊びましょうねぇ。」

感情を押さえ込む技を持って、露丸は、狙いをつけた藩の屋台を喰らう白蟻になる。
例え、密命が明らかになっても、拷問にも耐えて口を割らない儚き「草」。

露丸が下肥を担ぎ、嫡男を溺愛する藩主の馬前にわざと倒れこんだのは、こんな仔細だった。
同じ顔を持つ貧しい少年に、藩主が哀れと惹かれぬはずはないと、露丸は知っていた。




本日もお読みいただきありがとうございます。
草としての露丸(於義丸)には、いろいろな壮絶な過去があるようです。 此花咲耶

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