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露草の記 (壱) 14 

騎馬は一路、寮へと駆けた。
双馬藩は、領地の隅々まで治水工事が行き届き、実際よりもかなり表石高の高い豊かな藩として有名である。肥沃な土地ではなかったが、新しい港が要となり金を落とした。

代々藩主が家訓に従い、極力無駄な戦を避けてきたのもあって、双馬藩は他藩から見ると領民も潤い、魅力ある国に違いなかった。近隣の藩が多数の餓死者を出した飢饉の時でさえ、双馬藩では備蓄した藩米で耐えた政治力がある。

「蕎麦しかできない痩せた土地を加増したからと言って、あの狸め。よくよく、この双馬が欲しいらしい。」

兼良は人払いした後、布団に倒れ込んだ藩主に告げた。

「義兄上。知らせが一つ。まだ一部の国人しか知りませぬが、例の金山……鉱脈は深く、埋蔵量はかなりの物と推察されまする。」

「そうか。ご苦労だった。とにかく目立たぬように、秘密裡に採掘をな。」

藩主はやつれてはいたが、目の光は失われてはいなかった。
最近、双馬藩内で大きな金鉱が見つかった。もしも徳川に知れたら、おそらく難癖をつけて、どんな手を使ってでも領地の没収をしようとするに違いない。
天下統一をもくろむ徳川には、この先、確かな貨幣制度の統一も必要、急務だった。
大量の小判の鋳造を行うには、各地で産出される金を全て取り上げ、金山のある場所を天領にしておかなければならない。狡猾な三河の狸は、金山の存在を知れば、双馬藩お取り潰しなど朝飯前にしてのけるだろう。

東軍に組し関ヶ原で戦果を挙げたといっても、小藩の存続は、天下人の胸先一つでどうなるか分からないちっぽけな笹舟のようなものだ。
ただ闇雲に徳川に「抗議状」など送って、下手に怒りを買えば、即座に転封になり領民に塗炭の苦しみを舐めさせることになる。それだけは回避せねば……と、藩主は考えた。

金山が発覚する前に、自領を守る備えを図るのが、双馬藩全体の急務だった。
巡察を続ける藩主と兼良は家中の者にも告げず、密かに何度も会っていた。
兼良が手に入れた情報によると、仔細は分からぬが、双馬藩には得体の知れない騒動が迫り来るようだ。戦で荒れていない双馬藩を狙えば、容易く紅花や蘇芳で得る膨大な富が手に入る。産業もろとも濡れ手に粟の構図が出来ていた。

「宝の山をどう有効に使うかが、問題じゃな……。兼良。」

「双馬藩領地、永代安堵のお墨付きを、三河の狸めに書かせてくれる。」

表向き、恭順していると見せかけて、上手く双馬を諦めさせる道がないか、義弟と共にひたすら探った。戦になってしまえば、いくら勇猛果敢な双馬藩士でも、多勢に無勢、重火器に立ち向かうすべはない。知恵を絞るしかなかった。

入り婿となって双馬藩を継いだ現藩主、安名少納言元秀には、代々続くお家安堵こそが、宿命である。
気に染まぬ城代の養女を、仕方なく後添えに貰ったのも、徳川内府の不興を買わないためだった。双馬藩主には、当然、この強引に持ち込まれた縁談を断る選択肢はない。
徳川内府近侍から「独り身では何かと不自由なこともあるだろう。徳川さまが御心を砕いて良い娘御を世話して進ぜるそうだ。」と送ってきた書状に、双馬藩重臣は揃って呆然としながらも恭順するしかなかった。

血のつながらない娘の身分を整えるために、仕方なく自分の養女にした城代にも、迷惑な話だった。徳川恩顧の重臣から直々に頼まれ預かったものの、嫁入り支度は全て、双馬藩城代家老の持ち出しになった。しかも散々、徳川さまお声がかりにしては、婚礼道具が粗末過ぎると文句を言われた。
泣き言を漏らせば、それは双馬藩主の恥になる。城代家老は耐えて、見知らぬ娘の為に湯水のごとく金を使った。

やがて、遠くから嫁いできた娘は手をつき、城代家老を「お父上さま」と呼んだ。北の方の義父、言い換えれば藩主の親戚筋になった己の立場に、城代家老は気分を良くした。
子どもが生まれたのち、北の方(正室)は双馬藩の惣領、秀佳を何とか廃嫡し、わが子倖丸を跡目にと願うようになる。愚かな母のさかしまな情に、有ってはならぬことといさめたが、焚きつけた背後の存在を薄々感じていた。
お父上さまだけが頼りなのですと、自分にすり寄る美女はどうみても軽々しく、到底、高貴な大名の息女には見えなかった。

城代家老も元々は忠義一途な侍であったが、養女に迎えた奥方が連れてきた若く美しい腰元を側室にしたのが転落の始まりだった。
閨に同衾する度、尻の毛を抜かれ、少しずつ骨抜きにされていった。

秀佳の周囲の忠義な者も、一人ずつ一派に絡め取られて排除されてゆき、残ったのは忠義一途な老臣秋津のみとなっていた。




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一体どんな騒動が起こるのでしょう……於義丸の正体は……。

もうすぐ話は意外な方向へ進んでゆきます。(`・ω・´) 此花咲耶

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