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露草の記 (壱) 9 

中間どもの手を振り払い、秀佳はぐったりとした於義丸を必死におぶって自室に帰ってきた。
驚いて布団を延べに来た腰元に、敷くのは於義丸の布団だけでよいと告げた。

「茶を頼む。目が覚めたら、おギギに飲ませるゆえ。」

「はい。若さまの夜具は、いかがいたしましょう。」

「今日は、おギギの傍についているから要らぬ。急ぎお医師を呼んでくれ。」

青ざめて横たえられた於義丸の、眉は強くひそめられ両目は固く閉じたままだ。額に油汗が浮かんでいたのを、秀佳はそっと拭って(ぬぐって)やった。
呼ばれた藩医は、秀佳に話を聞いて診察した後、擦過傷があるので高い熱が出るかもしれないが、大事に至ることはないでしょうと告げた。父が風邪気味で臥せっていなければ、きっとひどく叱咤されただろう。於義丸が何ともなければ、それでも良い……と思った。

「気を失うほど怖かったのでしょうな……。この者は、元々百姓の出と聞いております。秀佳さま。学問所での様子はわたくしも存じておりますよ。刀ではなく鍬を振るってきた者が、武家の中で暮らすのは、さぞかし骨の折れる事でござりましょうな。」

「うん。」

「この者は、風を読み、土と対話して来たのです。御覧なされ。この柔らかな手の内側にも、鍬を握ってこしらえた豆が固く竹刀だこのごとく付いております。武家の作法を知らぬ事を責めるより、この者が知っていることを教わりなされ。さすれば、分かり合えまする。」

「そうする……。わたしが浅はかだった。おギギは、わたしの小草履取りなのだから、わたしが守ってやらねばな。」

「聞けば、この子はなかなか利発な子供だと言うじゃありませんか。文字ももう書けるようになったとか。」

「ああ……そうか。喜八郎に聞いたのか。」

於義丸にも優しかった藩医の息子は、藩校で共に学んでいたから、家庭で話もしたのだろう。
藩医は於義丸の傷ついた手に膏薬を塗って、油紙を巻いた。
紐でくくった手首の傷は、抗った時に皮膚が擦り切れ、赤いみみず腫れになって秀佳を責めた。

もしこの先、元服後、於義丸の念者(ねんじゃ)になったとしても、かような無慈悲な仕打ちはするまいと固く誓った。
枕屏風で遮られ陰った顔の辺りに、行灯の灯影が揺らめいて映る。
睫毛にたまった涙を払ってやろうと、ついと指を伸ばしかけて、秀佳は止めた。

自分にそんな資格はないと思った。

*****

月に照らされて、糸杉の影が長く伸びていた。
秀佳は於義丸の傍らで、寝ずの番をするつもりであったが、いつしか寝入ってしまったようだ。

まだ春と言うのに、どこから出てきたものか、秋の虫が不自然にころころと鳴いた。
虫の音を聞いた於義丸の目が、静かに開いた。

ぱちり……。
行灯の油も切れて屋敷内が寝静まった丑三つ時、於義丸は小さく指を鳴らした。

それと共に、天井の羽目板が一枚かたとずれて「……露(つゆ)。」と、曲者の声がした。

「危うかったな。あの若が止めなければ、いっそ煙幕を張るところであったぞ。身体は大事ないか?」

見上げる於義丸の口角が、きゅっと上がり笑顔になった。
その顔は、どこか大人びて秀佳が見たことの無いものだった。

「何の、これしき……。虫に刺されたようなものだ。」
ひらりと、天上から影が舞い降りた。
障子に映る皓々たる月陰。
照らされたその横顔が、「首尾は?」と、問う。於義丸に話しかけた相手は、柿色の装束に身を包んだ、長身の堂々たる体躯の持ち主だった。
男は於義丸を「露」と呼んだ。

「上々……。」

秀佳の知らぬ所で、何かが動いていた。
短い会話の後、程なく気配が消え、於義丸は身体の向きを変えて、じっと横で眠る秀佳の顔を見詰めた。双馬藩の孤独な嫡男は、いつも寂寥感と闘っているような気がする。

藩主が後添えを貰い、義弟が生まれた頃から、屋敷の中はじわじわと城代家老の一派が、幅をきかせるようになっていた。小者たちも、義母が国許から連れて来たものが我が物顔でのさばり、秀佳の事をないがしろにしている。
この幼い嫡男の味方は、文字通り藩主と、守役だけであったが、藩主は政務に熱心なあまり留守がちで藩内を巡察していることが多い。
城中に藩主の目がないのを良いことに、義母と城代家老は気ままにふるまい、嫡男の秀佳は肩身の狭い思いをしていた。

味方が誰もいないと理解して、もがく少年の未来は危うい。
於義丸は、そっと指を伸ばし、主の前髪に触れた。

*****

すおう
はこべら
ほとけのざ

やまぶき
つめくさ
ははこぐさ

実のない山吹 七重 八重
蘇芳 血の色 わたしと逃げよ……

どこかで、誰かが歌っている。
浅い眠りに落ちている秀佳は、ぼんやりと自分の頭を抱いて小さな声で口ずさむのが、於義丸のような気がした。

「おギギ……?」

物言わぬ於義丸が、歌を歌うはずはない。
夢の中の於義丸が、ぽんぽんと肩口を甘く叩いて、優しく蒲団に入れてくれた。

「おやすみなさい……若さま……夢ですよ……。」

泣きたいように綺麗な、爛漫の花の園で於義丸が澄んだ声で歌う。
夢の続きが見たかった。





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背景を変えたバージョンです。使い回しとも言います。(`・ω・´)
時間作るのが下手くそで、なかなか絵を描く時間が作れませぬ。

於義丸には、秘密があるのです。続く~(*⌒▽⌒*)♪ 此花咲耶
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4 Comments

此花咲耶  

ひぃさま

> ふっふっふっ
>
(*⌒▽⌒*)♪うふふ~

> ですね(^w^)

某所でほとんどプロットのような作品をお目に書けてしまいました。
少しはましになっているでしょうか?

挿絵を見ながら、想像しちゃってください。
最後の、ストックです。
このお話が終わったら、あとがないのでどうしようかと、此花真剣に悩み中です。
(´・ω・`) ←まじで~。

2012/04/28 (Sat) 16:59 | REPLY |   

ひぃ  

ナツカシイ

ふっふっふっ

ですね(^w^)

2012/04/28 (Sat) 14:24 | REPLY |   

此花咲耶  

tukiyo さま

> おギギは何者~~~~?

(*⌒▽⌒*)♪うふふ~、ギギたんには秘密があるのでっす。

> 誰の指示で城に入り込んだんだろう?
> あの人か、はたまたあの人か~それとも~ウム~~~。

これから、少しずつ解き明かされてきます。(〃゚∇゚〃)
tukiyo さんはなかなか鋭いので、此花はどきどきです。明日は、美丈夫の叔父上が出てきます。
新しい事件も起こります。

よろしくお付き合いください。
コメントありがとうございました。

2012/04/27 (Fri) 23:39 | REPLY |   

tukiyo  

えええええ~~~~

おギギは何者~~~~?
誰の指示で城に入り込んだんだろう?
あの人か、はたまたあの人か~それとも~ウム~~~。

2012/04/27 (Fri) 22:49 | EDIT | REPLY |   

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