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露草の記 (壱) 7 

秀佳は、義母が国許から連れてきた中間どもに、小草履取りの事をからかわれ、腹立ち紛れに「どうにでもせよ」と、於義丸を手渡す約束をしてしまった。

義母が秀佳に冷たく当たるのを見て、連れてきた家臣も倣ったように横柄な態度をとる。
さすがに双馬藩の家中の者がいる時は、そのようなことはなかったが、通りすがりに癇に障ることを囁いた。
売り言葉に買い言葉、魔が差したとしか言いようがなかった。

絵草子を広げている於義丸に、秀佳は努めて優しく声を掛けた。

「ここにいたのか……おギギ。」

「干菓子をやるから、ここに来て両の手を開いてご覧。」

嬉しげに寄ってきた於義丸が、秀佳の言うなりに両手を広げて受けるようにしたのを、懐紙を一枚乗せてじっとしていろと命じた。
細い組紐で、くるりと手首を一つにしてしまうと、懐紙の上に花の形の落雁を一つ乗せた。
見上げた瞳が秀佳を見つめて、これはどういう事……?と、不安げに揺れる。

「そのまま、ゆっくり……。」

「それを持って、こちらに付いておいで。」

何かを察し、不安そうな目に溢れるほどの涙を湛えて、於義丸は紅い紐で引かれ廊下を渡った。廊下から、中庭を通り中間部屋へ向かうのを知って、於義丸はすくんだ。

元々、侍より格下の中間どもには、武家の作法も知らない乱暴者が多い。嫡男の秀佳にも失礼な減らず口を叩いたが、於義丸はもっと手酷い扱いを受けていた。傍を通る度足を掛けられたり、影に引き込んで身八つ口から手を入れられたり、散々嫌がらせを受けていた。
嫌な予感に何度も立ち止まっては、いやいやと頭を振って自室に戻ろうとするのを、秀佳は優しく励ました。

「おギギ。おまえはわたしの小草履取りなのだから、今後の為にも自分が何をするか中間に教えてもらうが良いよ。わたしにはよくわからないが、義母上が連れてきた中間どもがお前に、小草履取りのお役目を教えてくれるそうだ。」

お役目と秀佳に言われて、同じ顔の少年は顔色をなくしていた。
自分を引き立ててくれた藩主が、お役目に励めよといつも声を掛けてくれる。於義丸は秀佳を悲しげに見つめた後、もうすっかり観念してしまったのか、静かに視線を落とし付いて来た。
秀佳の胸の奥が、つきんと痛んだのは良心が咎めたせいだろうか。
これから於義丸を、乱暴な鬼共の住処に連れてゆく。

元服も未だと言うのに、小草履取りをお側にはべらせるとは、さすがに三万石の双馬の若様は豪気だと中間にいわれ、うっかりと頭に血が上りやりあってしまったのだ。それは、於義丸が蝸牛の墓を作った日の、夕刻だった。

「若さま。お連れになったあの者は、どういうお役目なのですか?」

「あの者は、小草履取りじゃ。」

「小草履取りというからには、いずれは若さまの閨にお連れになるので?」

「そのようなこと知らぬ。」

義母と同じお国訛りの、下卑た揶揄がいやだった。むきにならなければよかったと、秀佳は反論しながら思った。
於義丸はお役目も何も知らずに、自分の傍にいる。だから、小草履取りなどと言われても、於義丸には何もわからぬ。今は、ただの遊び相手として傍にいると、秀佳は仕方なく答えた。

「それはなりませぬなぁ。きちんとあの者にお役目を教えてやらなければ。最初が何事も肝心。」

「そうじゃ。若さまが御出来にならないのならば、手慣れた我らがあの者に、手取り足取り教えて進ぜましょう。」

「それとも、若さまはあの者に御執着されておりますか?何しろ、同じお顔ですからなぁ。」

浅はかにも「おギギなど知らぬ。諸々教えてやりたくば好きにせよ。」と言ってしまい、慌てて取り消そうとしたが、よろしい。武士に二言はありませぬなと、念押しされて頷くしかなかった。

「では、小草履取りとはどういうものか、あのものにお教えいたしますから、ここへお連れ下さい。」

「今日は……まだ、おギギには手習いがある。」

「では、明日にでもお連れ下さいますな。夕餉の前に、お教えしましょう。」

「おギギは……まだ、子供じゃ。今はまだ……。」

「これは異なこと。我らが教えるのも、いずれは若さまの為。あの者がお役目をしくじることの無いよう、我らがご指南して差し上げようと言うものを。」

「左様。何も知らない従者を連れていたのでは、双馬の若さまの名折れとなりましょう。」

数人のむさ苦しい中間に囲まれて、内心怖気た秀佳は、於義丸を中間部屋に連れてゆく約束までしてしまった。
秀佳は、心弱い自分を恥じた。お役目ご指南といいながら、中間どもが於義丸に仕掛ける無体を想像して顔が強張った。

秀佳も武家の子なら、衆道の嗜みはなくとも、粗野な彼らが於義丸に何をしようとしているか理解できた。

「どうしよう……。」

城中で秀佳が相談できるものなどいなかった。老臣秋津に話をしても、どうせ叱られるだけだ。

二人して、黙りこくったままうつむいて渡り廊下を渡った。
秀佳の心の臓だけが早鐘のように鳴っていた。




ツユクサ

此花、絵を描きました。於義丸と秀佳です。

( *`ω´) 秀佳:「これじゃ、主人公はおギギみたいじゃないか。」

(〃゚∇゚〃) 於義丸:「♡」

(*⌒▽⌒*)♪此花:「いいじゃん。どうせ同じ顔だもん~。」


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