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露草の記 (壱) 4 

藩主は、優しく笑っていた。

「さあ。恥ずかしがることはない。面(おもて)を上げてみよ。」

領主の声にも、いやいやと頭を振って、まるで大八車に轢かれた蛙のようにぺたりと畳に張り付いていた。

「ほら、怖がることはない。秀佳におまえの顔を見せておやり。」

藩主に促されて、やっと上げた顔を見て秀佳は目を瞠った。思わず、腰が浮いた。

「ちっ、父上……。この者は……。」

父は、秀佳の驚いた顔を見て、楽しげに破顔した。
似ているなどというものではない。寸分違わぬ、つくりの同じものがそこにあった。

「どうだ、これほど似ていると、守り役の秋津も見分けが付くまいよ。」と、床几にもたれた藩主が笑う。
秀佳は思わず、父に食って掛かった。

「これは一体、何のお戯れです。」

秀佳は、不愉快だった。
下賤の者と、同じ顔をしている事実だけでも、十分不愉快なのに、父はその上、とんでもないことを口にした。

「この者を召し抱えようと思う。ちょうど秀佳の小草履取りに、よかろう?」

「要りませぬ。小草履取りのような飾りもの、秀佳は側におきませぬ。」

それにと、声を張った。

「下肥を担いでいた百姓であれば、田畑の世話もありましょう。召し出すのはこの者にも迷惑かと思いまする。」

返事もせずに、父は側ににじり寄ってきて、かわるがわる双方の顔を見比べた。ぷにぷにと頬をつついたりしている。

「何とも、良い眺めじゃなぁ……。わしの可愛い秀佳の顔が二つ並んでおるわ。うん、これは眼福じゃ。」

「父上っ!そのような、お戯れはおやめください。わたしの傍に、誰も必要ありませぬ。」

「秀佳、父は本気だぞ。秀佳とよく似たこの者を、双馬藩で召し抱えることにする。仲良くしてやれ。そうだ、ついでに名前も付けてやればいい。」

父が一度言い出したら、誰の意見も聞かないのは、秀佳も良く知っていた。

*****

さて、藩主の言う「小草履取り」とは、織田信長に豊臣秀吉が仕え「草履取り」と呼ばれたものとは、やや趣が違っている。

「小草履取り」と呼ばれるのは、大方が見目麗しい少年であった。絹の小袖の上に唐木綿の袷など華美なものを着せ、大名同士、美を競うために着飾らせてどこへ行くにも連れ歩いた。

繊細な拵えで飾った脇差を差し、遠来の客の宴席への給仕にも借り出され、戦国時代以後は、草履取りの名目で召し抱えた。美しい少年たちは、裏では主人の男色の相手も勤めたりもする。秀佳は、武家の子としてそんな存在を薄々知っていた。

若く潔癖な秀佳は、武家の作法でも、小草履取りなど側に置くのは汚らわしいと固辞したが、結局藩主である父に逆らえず、押し負けてしまった。
城に連れて来られた少年は、いつの間にやら白い繻子の小袖に、取り取りの色刺繍で露草を描いた華やかなものを着せられて、満座の中でほんのりと頬を染めていたりする。

「綺麗な着物がうれしいか?」

父に問われ、隣でこくりと頷く自分と同じ顔を、秀佳は複雑な思いで眺めた。
父の拾った子供は、どうやら口がきけないようだった。

それゆえ、傍にいても暇つぶしの話し相手にもならぬ。
しかも傍にいるのがお役目と聞いて、秀佳の後を一途にぴたりと張りついて来て、決して離れようとしなかった。

「若さま。お連れになったあれは、新しくお雇いになった影ですか?」

藩校にある学問所で質問攻めにあったが、秀佳はふてくされたままだった。余りにそっくりなので、殿のご落胤ではないかと噂も出ていた。

「他人の空似で、父上のお胤などではない。お役目は小草履取りだ。要らぬと言って居るのに、父上がどうしても傍に置けと言って聞かぬ。」

「しかし、どこからどう見ても、瓜二つ。驚くほど若様と同じ顔じゃなあ。」

重臣の子弟と等しく学ぶ傍らで、その子は静かに秀佳の傍に控えていた。

「話はせずとも、聞こえているのだな?」

「われらのいう事がわかるか?」

座を見渡して、こくりと頷いた。
大きな目を瞠って、懸命に皆の話を聞いていた。どうやら口元の動きを読んでいるようだと、誰かが言う。
学友が、あれこれとつつきまわしても、にこにことしている。

「若さまよりも、愛想が良いではないか。」

「若さまもせっかくお可愛らしいのだから、苦虫をかみつぶしたような顔をしていないで、笑えばよいのに。」

「我らはこれから川へ行く。そのほうも、一緒に川遊びに行くか?」


藩医の息子に誘われて、嬉しそうに後を付いてくるのも、あっという間に周囲に馴染んだのも、秀佳には何やら腹立たしかった。
子どもたちの先陣を切り、秀佳は川への道を走り出した。

美々しい着物の長い袖を振り、ぱたぱたとなれない草履で付いてくるのを、振り切るようにわざと早く駆けた。






小草履取りになりました。 綺麗な着物がうれしいです。(〃ー〃)←まだ、名前はありませぬ。

( *`ω´) 秀佳:「ついてくんな。ぷんっ。」

しばらくエピソードが続きます。仲良くなれるかな。此花咲耶


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