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鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス 2 

「あの、隣に座ってもいいですか……。」と言葉を続けて来たのが「桜口鏡弥」(さくらぐちきょうや)との最初の出会いだった。
重ねてきた言葉に、しつこいなと思い、意識して嫌そうな顔を作り視線を向けた。
目に入ったのは、清潔な細いストライプのシャツに、濃紺のカーディガン。
それが、少女のようにはにかんだ鏡弥との出会いだった。

「一人のご飯は味気ないから……。隣りいいかな。」

ごくり…と、知らずに喉が鳴る。
ずっと思い描いていた理想が、そこに現れた。陽太が夜ごと責める細い肢体。青年になる前の誰もが愛した神話の中に住む彫像……。
その日、陽太は鏡弥の何も知らず、一目で恋に落ちた。

「どうぞ。」

ごった返す学食で、慌てて席を詰めた。
何気なく見上げたら「ありがとうございます。」と、蕩(とろ)けるような笑みを浮かべて寄越した。頬が上気するのを覚える。

「わ……。」と、思わず感嘆の声が漏れた。

「あ、なにか……?」

「いや。ずいぶん綺麗な顔しているなって思って。」

少年(にしか見えない)は「桜口鏡弥です。」と、名乗ってから楽しそうに笑った。

「男らしくないって、みんなに言われます。18にもなって、この見かけじゃね。君もそう思ったんでしょう?」

「いや……うん、ごめん……思った。」

やっぱり……と白い花の顔がほころんだ。

「いいよ。ぼくは女の子じゃないけど、綺麗ですねって、言われるのは嫌いじゃない。褒め言葉だと思っているから……。ありがとう。」

「だったら良かった。気を悪くされたかと思ったよ。新入生のサークル勧誘ばっかりなんで、ちょっと辟易してたんだ。妙な顔をしたのは、そのせいだよ。そのあと、正直、見惚れてしまった。」

「そうだったんだ。」

ふわりと溶けるように笑う……と思った。すごく好みだ。

「ぼくね、こんな顔してるから、色々声掛けられるんだ。そんな時は、時々、自分が大嫌いにもなるから、ほおって欲しい気持ちは分かるよ。町に出ると、しょっちゅうスカウトされるから、引きこもりってばかりだ。」

「へえ。そっちのほうが大変そうだ。」

隣に腰を下ろした鏡弥が、優雅に運んできたのは塩サバ定食だった。具の無い味噌汁を啜る姿に、陽太は見惚れた。

「……フランス料理を食っているように見える。」

「ぼくの一番好きなのは、卵かけごはんだよ。」

「似合わないなぁ……。でも、頬張る姿は、きっと可愛い。」

「うふふ。」

大学で初めて出来た友人と、構内の外れのベンチで、毎日他愛もない話をした。
じっと見つめていると、ふっと視線を捉えて鏡弥が小首をかしげた。

「花びらついてる。」

「そう……?表門の桜並木から、ここまで飛んできたのかな。」

陽太の首にすっと手が回り、ゆっくりと顔が近づいてくる。初めてキスをする小さな少年のように陽太は息を詰めた。
胸が高鳴った。
鏡弥が贈ってくれた初めてのキスは、舞い落ちる羽のように唇に触れただけのもので、そこらの中学生も吹き出しそうな幼いものだった。

「君が好きだよ。陽太。笑うかもしれないけど……ぼく、初恋なんだ。」

「そうなのか?」

「ちゃんと恋したことなかったんだもの。いつだってみんな遠巻きにして、話もしてくれなかったんだよ……。毎日会えるのが楽しみで仕方ない。この大学に来て、よかった。」

「じゃあ、俺も陳腐な台詞を言うよ。君に出会った時、運命だと思った。」

「うれしい……。女の子じゃないけど構わないの?」

「男の鏡弥がいい。俺は、女の子には勃たないんだ。」

「ぼくも、陽太にしか欲情しない。」

綺麗な鏡弥。
仕草が子供のような鏡弥。ルーブル美術館でレプリカを見て以来、ずっと脳裏で穢してきた「眠れるヘルマプロディートス」が艶やかに微笑んだ。

陽太は初めて出来た、見目の良い同性の恋人に有頂天になっていた。これこそが、ずっと陽太が求めて来たものだった。
毛並みの良い家猫のような綺麗な鏡弥は、陽太の何が気にいったのか、それからいつもすっと寄ってきて傍にいるようになった。
お互いの過去を気にすることもなく、今が良ければそれで良かった。

その頃はまだ、陽太は何も気づいていなかったのだ。
類いまれな美貌の鏡弥が産まれた秘密と、鏡弥の内に潜む狂気に。

肌を合わせて蕩ける鏡弥の視線に捕らわれ、陽太は溺れた。





どこか不思議な影を持つ鏡弥と、陽太。
話を進めてゆくと、先はミステリーかな……という展開です。
ちょっと、可哀想な場面もあり~の……です。
お読みいただければうれしいです。よろしくお願いします。(*⌒▽⌒*)♪

此花咲耶


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