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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・5 

母上は、父上の側室になれるような身分ではなかったと、常々わたしに語っていた。


「この身は、落ち延びた西軍の武将の娘だったのです。」


「追い出されても仕方のないところを、領内の隅に置いていただけるだけで、望外の幸せでした。」

そううっとりと語る母上は、幼心にも美しかった。

父上は、

「古来より、勝負は決着するまでどうなるか、わからぬもの。

たまたま、先代が運よく東軍に組したと言っても破れた側のご家中や、その妻女が、そしりを受ける筋合いはない。

誰にはばかることなく、わたしはそなたを愛おしく思う。」


そういって、母上の手を取ったのだという。


しかし、母上は父上の求めに応じて正妻になることを善しとしなかった。


元より、親戚やご重役の方々の中には、敵方の娘を正妻に迎えるのは将軍家の覚えが悪いと、藩主に正面切って意見する者もいたらしかった。


正妻の座を辞退して、賢明な側室、お袖の方は家臣からも一目置かれる存在となった。


側室の儚い身の上を、勿体無きこととお受けして、束の間の二人の平和な時間。


やがて、江戸表から正式に縁談が持ち込まれ、小藩ながら見目の良い父上に恋をした、公家の娘が嫁してきたのだ。


藩主には、全てお家存続が優先される。


愛妾と呼ばれるようになって、母上はなるべく城の妻の下へ帰るよう父上をお諌めしたという。



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