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淡雪となりて 1 

大久保家嫡男、大久保是道が華桜陰高校を中退後、優秀な成績で陸軍士官学校に入学してから、早三年の月日が流れていた。
陸軍士官学校に入学してから翌年すぐに開戦した日露戦争の戦火は広がり、何度も兵士の増員が求められている。卒業確定後、慌ただしく大久保少尉候補は騎兵として戦地に赴くことになっていた。
出征を祝う宴は、戦時下でありながら、華族の大久保家にふさわしく高級料亭を貸切にして開かれた豪勢なものだった。上官をもてなす芸妓も多く呼ばれ、贅を尽くした山海の珍味が並ぶ。
出征の祝いと、婚儀、嫡男誕生の披露目が一緒になったような形で、是道の妻子は酒の席に同伴が許されていた。

「是道さま。こちらにいらしたの?」

「ああ……紫子。」

是道は妻に端整な顔を向けた。

「上官方の煙草の匂いが軍服に染み付くようで、どうにも我慢できなくなってしまってね。父上達はどうしてる?」

「皆様とご歓談中です。それはもう、お義母様もご機嫌がよろしくて……。」

「……そう。」

「あの……。是道さま。是之は、もうすぐ三歳になります。」

久しぶりに会った妻は、頬を染め傍に寄ってきた。婚儀後、数えるほどしか会ったことの無い心なし寂しげな妻に、「留守の間は色々苦労もあるだろうが、諸々よろしく頼む。」と、頭を下げた。
妻の紫子が抱く二人の長子、是之は間もなく三歳になろうとしている。誰からも愛される利発な器量良しで、両親の良いところだけを受け継いだと一目見たものは皆褒めそやした。確かに雛にも希な美々しい子供だった。成長の暁には何処かまがまがしさを感じさせる、いわくつきの美貌の片鱗を今は感じることもできない。

「是道さま。とうとう今度も、是之を抱いては下さいませんの?今度はいつお帰りになるかわかりませんのに……。もう、お風邪はよろしいのでしょう?」

妻の紫子は何も知らなかった。不憫だと思いながらも、是道はこれまで士官学校に逃げ込んだ形で意図して妻子と疎遠にしていた。掛ける言葉も持たなかったし、むしろ自分がいない方が家はうまくゆくと知って居た。
だが、今宵は親子にとっても夫婦にとっても最後の夜だった。是道は、これまでただの一度も抱いたことの無い子供をふと見やった。
何度も抱こうとしたが、触れられなかったのが事実だ。
死地を求めて遥か異国へと旅立つ日に、一度くらい父親らしく振舞ってもいいのではないかと思う。

「ああ……。母上が風邪がうつるのを、酷く心配なさるのでね。ぼくは気管支が弱いものだから、一度ひくと中々風邪が抜けないのがいけないね。……さあ、おいで。おばあさまがいらっしゃらない内に、こっそり抱いてやろう。」

母の着物の袂をきゅと掴んで、もじもじと恥ずかしそうにしている我子に初めて触れた。
自分と血のつながらない、忌まわしい秘密の元に生を受けた我子だった。
柔かく福々しい丸い頬、あどけない無垢な瞳が、ふっと細くなる。綺麗に髭をあたった是道の頬に、もみじの指が触れた。

「おもう……さま?」

「そうだよ、君の父さまだ。父さまはこれから兵隊さんになって、大陸に渡るんだ。おたあさまを御大切にお守りするんだよ。君は……大久保家の嫡男なんだからね。着袴の儀をする頃には(五歳の祝い)この戦も終わっているだろう。元気で……。」

幼い子供にそんな話が分かるはずもなく、曇りの無い大きな瞳をぱっちりと向けてただじっと見つめ父の言葉に聞き入っている。

「ああ、ほら。向こうでおばあさまが呼んでいらっしゃる。……抱っこはおしまいだ。」

子どもを母親の懐に返し、しばらく逡巡したあと、これが最後と是道は丸ごと妻子を抱いた。

「……紫子。元気で。」

「はい。是道さまも。どうぞ、ご武運を……お祈りしております。」

一粒種を是道の子供だと信じ、満ち足りた聖母の微笑みを浮かべた妻は、一服盛られた後に義兄に乱暴されて是之が出来たと知らない。
血の繋がりはないのに、何故か子供は是道によく似ていた。子供にしてみれば祖父の血が濃く出ただけなのかもしれないが、細い眉も鈴をはったような大きな黒目がちの瞳も是道にそっくりだった。母親に瓜二つと言われて育った是道も、今は大久保県令と並べば細身ながら背格好は似ていると言われる。血縁の不思議だった。

「是之さん。お強いおもうさまは、天子様の軍隊にお入りになるのですよ。」

「紫子……強くなどないよ。」

ふと、笑ってしまう。むしろ、心弱くて嫌になるくらいだ。狂いかけて何とか正気に戻った自覚もある。
「お前は……。」と、言いかけて廊下の角に義母の姿を認めた。涙ながらに、義母を「お母さま」と呼んだ不幸の輪廻はこの子で終わる。
自分を見つめる真っ直ぐな視線を受けて、是道は本心から初めて子供を愛しいと思った。日輪に愛されて、まっすぐに生きるようにと祈った。

「……ごきげんよう、是之。健やかに大きくおなり。詩音と父さまが君の住むこの国を守るよ。」

甘やかな幼児の匂いが胸に拡がる。もう、今生での愁いは無いと思った。

「さあ、もう出立の時刻だ。お前は、父さまの代わりに、お家をお守りするんだよ。」

「そのようなこと、ことさらにおっしゃらなくても、是之さんはお父さまがいなくても、大久保のお家を大切にお守りできますよ。ねぇ……。」

「お義母さまったら、是之はまだ三歳ですよ。」

「心構えの話です。例え三歳でも、この子はれっきとした大久保家の嗣子なのですから。ねぇ、是之さん。」

是之を舐めるように溺愛する大久保家の正室は、自分の血を引く是之に夢中だった。何も知らない紫子は、祖母に愛される息子を慈しみの目で見つめていた。





今日から、新しいお話です。「淡雪の如く」の続編「淡雪となりて」です。
よろしくお付き合いください。

今回は、なんと戦争ものです。主人公が思いっきり戦地に行ってしまいました。Σ( ̄口 ̄*)
ドンパチまっただ中で、書いているほうも「これで、BLカテでいいのだろうか……?」と、ちょっと躊躇しています。
詩音が是道の腕の中で儚くなり、是道が精神破たんする救いのない作品です。バドエンと宣言しておきます。
愛した人の腕の中で最期を迎えるのをハピエンと呼んでいいのなら……■━⊂( ・∀・) 彡 ガッ☆`Д´)ノ
お読みいただきありがとうございます。
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年賀状を描きました。コピー本をお求めいただいた方にお送りしたいと思っています。|゚∀゚)送り付け~
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ここに来てくださっている方には、記事で上げますのでお正月に見てください。よろしくお願いします。

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4 Comments

此花咲耶  

鍵付きコメントHさま

(*⌒▽⌒*)♪きゃあ~

とうとう、こちらに来てくださったんですね。
(〃゚∇゚〃) お待ちしていました~

うれしいです。
もしかすると、これは一寸いう作品もあるかもですが……気を付けてお読みくださいね。
コメントありがとうございました。(*⌒▽⌒*)♪

2012/01/01 (Sun) 10:17 | REPLY |   

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2011/12/31 (Sat) 16:24 | REPLY |   

此花咲耶  

鍵付きコメントさま

(`・ω・´) 潔いバドエン宣言です。

此花の文章はバドエンに合ってますか?
周りくどく、けむに巻く……(〃▽〃)

短編になります。どうぞよろしくお願いします。

2011/12/28 (Wed) 08:11 | REPLY |   

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2011/12/28 (Wed) 07:25 | REPLY |   

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