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タンデムシートで抱きしめて 5 

待ち合わせ場所のベンチまで来たら、まだおにいちゃんは来ていなかった。おにいちゃんの代わりにそこに居たのは、一人の痩せたおにいさんで汗をかいて青ざめていた。病的に色が白くてひどく具合が悪そうに見える。
一瞬、ぼくは知らない人に声をかけてはいけません…って毎日復唱している言葉を思い出したけど、それよりも今は、図書室で借りたマザーテレサの伝記の方が現実的だった。

「愛の反対は、憎しみではなく無関心です」

道で倒れた見知らぬ瀕死の人を、マザーテレサは「死を待つ人の家」へと運ぶ。
死の間際まで、神さまは決してあなたを見捨てなかったと思って欲しいと言って、命の尽きそうな病人の手を優しく握った。人生に絶望していた多くの人たちは、神さまの存在を知り、微笑みを浮かべ感謝を口にして安らかに召されて行く。どんな命にも尊厳があると、何も欲しがらないマザーテレサの愛は泉の様に尽きない。美しい愛の形だった。
だから、迷わずぼくも言葉を掛けた。

「おにいさん、だいじょうぶ?」

傍に座って見上げたおにいさんの顔は蒼白で、口の端には白い泡がぶくぶくとついていた。地面を見てぶつぶつとひとりごとを言っている。あんまり、大丈夫ではないみたい……。
視線がふいと泳いで、ぼくを捉えた。おにいさん、大丈夫?と同じ言葉を口にしたぼくに、にっと歪に口だけで笑い「美味そう…。」と言った。

「うまそう…?なぁに、ぼくのこと?あっ!」

いきなり天地が、ぐるりと回った。
訳が分からないままその場から逃げようとしたら、がんがんと後頭部を地面に叩きつけられて、痛みでぼうっと意識が遠のきそうになる。

「いたぃ…あっ…!」

何か濡れた布を押しつけられたら、恐ろしく気分が悪くなった。
おにいちゃん…。
ぼく、知らない人に声をかけたの。先生のいう事、ちゃんと聞けよって言われていたのに…。
おにいちゃん…。

「やっぱり、量が少ないと気を失わせるのは無理だな。こんなちびでも、蛙よりはでかいからな。今すぐ解剖しますっていうわけにはいかないか・・・。」

けけ・・・と、妙に甲高い声で男は笑った。

「おにい・・・ちゃ・・・」

「ん?まだ、声がでるのか。教えてやるよ。こういうのはねぇ、飛んで火に入る夏の虫って言うんだよ。可愛いねぇ。優しい子だ、知らない人には声を掛けちゃいけないんだよ。怖いことが起こるからねぇ。今度からは、気を付けるんだよ。けけっ。」

何かを吸わされて、ぼくはぐったりと動けなくなっていた。元々、ちびでやせっぽちのぼくは、おにいちゃんが片手で軽々と抱き上げるくらいの体重しかない。痩せた男は、その場にランドセルを捨てるとぼくを小脇に抱え、公園の奥にある公衆トイレの中に連れ込んだ。防犯ブザーなんて引っ張ることも忘れてた。
靴が脱げて、入口にころりと転がった。
体の不自由な人も使える広いトイレの中に、ぼくは要らない荷物の様に転がされた。
着ていたTシャツが捲られて、鼻と口だけが見える状態にされた。手足は酷く重かった。

「おにいちゃ…助け…て…」

何とか声を出してみたけど、弱々しく喘いだ声はすぐに何かで塞がれてしまう。この人は、先生が変質者って言ってた人なんだろうか。悪いいけないことをする大人…ぼくに、何するの?
塞がれた目からは、涙が出るけど何の情報も入らない。耳だけが男の声を拾っていた。

「真っ白だな。騒がれて逃げられちまわないように、しないと。…って、そんな力もないか。けけっ…。」

ぼくは、抱えられて公衆トイレの便座に俯せにされた。吐き気と闘っているぼくは、動けないまま何とか逃げようと、ひっくり返された瀕死の甲虫か亀のように手足をばたつかせて、小さく抗っていた。冷たい手が、ぼくの背中に触れて円を描く。背後から、腋をなぞり濡れた小さな生き物のように這いまわった。ぼくの半ズボンが下ろされて、夏なのに怖気で鳥肌が立つ。

「ぃ…や…ぁ…」

「ここならだれも来ないだろう?うふふ…ずっと前から、狙ってたんだ。公園前でお友達とさようならするんだよねぇ、航太くん、また、明日ねって。けけっ、ばいばい…。」

「ひ…っ…」




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