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淡雪の如く 31 

「詩音!詩音、しっかりしろ。大丈夫か?」

倒れた是道に言葉もかけず、良太郎はその場にしゃがみ込んだ詩音の震える両の手の羽虫をその場に移すと、腰の手ぬぐいでそっと手を払ってやった。
声も出せないで、詩音はただ小刻みに震えていた。
天を見つめて転がったままの是道の、空ろに開かれた瞳に写っているのは、夕暮れの空で自由に恋をする紋白蝶の乱舞だ。

「行こう……。詩音はもう少し休んでいた方が良い。」

詩音の肩を抱いた良太郎は、是道を振り返ろうともしなかった。
詩音の肩を抱き、去り行く友人の背後から甲高い哄笑が響いた。

「……あっはは……あははっ……」

そこでもし良太郎が、本心を無防備に覗かせた是道の泣き顔を見たなら事態は変わっていたかもしれなかった。
もしくは何故そんなことをしたのだと、その場で理由を問うていたなら、きっと是道は心を開き辛い仔細を明らかにしただろう。
だが、良太郎はわけを聞かず、儚く俯く詩音の手を引き、是道を一人置き去りにした。

亀裂の入りかけた是道の脆い精神に、決定的な衝撃を与えてしまったことに、今の年若い良太郎が気が付くはずもない。
誰も、是道の転がり落ちる絶望の暗さを知るものは無かった。陽向の温もりを知った是道に、縋れるものは何一つ残っていなかった。

「あは……は……っ……ははっ……」

菜の花畑を吹く風は、散りゆく花の香を含みどこか甘かった。
癖の無い絹の黒糸が、一陣の風に弄られた。
是道は、遠く去ってゆく友人の背に向かって、聞こえるはずも無い独り言を吐いた。

「良……太郎……。この羽をもがれた羽虫はぼくだ。どこへ行こうと……自由になど生きられないんだ。」

「日向の匂いのするおまえが……太陽がぼくを捨てるなら……もう、闇に飲まれるしかないじゃないか。」

是道は顔を覆った。
誰も慟哭を慰めるものはない。

「誰も……誰も……理解しないなら、母上に望まれるまま、独り狂ってしまうしか……ないじゃないか……。誰も、ぼくを要らない……んだ。君さえも……ぼくを理解しないで…捨て置くんだ……。」

問わず語りに呟くと、是道は誰もいなくなった菜の花畑に突っ伏した。

「…………うっ……」

「え……えっ……っ……」

今や、たった一つの心のより所を失って、母を求める幼児の悲鳴のような長い長い嗚咽が漏れる。
今にも崩壊しそうな脆い是道の嘆きを聞いているのは、物言わぬアブラナと群れ舞う白い蝶ばかりだった。
高い自尊心が、胸の内を全てを吐露することを押しとどめ、それが是道をますますの窮地に追い込んでゆく。

それぞれの胸に癒えない深い傷を付け、良太郎と是道は、その日からすれ違っても口も聞かないただの同級生になった。




(´・ω・`) 泣いちゃった……。

いつもお読みいただきありがとうございます。
寒くなりました。皆様、お風邪など召しませんように。  此花咲耶

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