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淡雪の如く 29 

間もなく夏季休暇になろうとしていた。
林間学校に行く者もいたが、良太郎は許婚の小夜が東京に出てくるといって、慌しく帰省の準備をしていた。

「気立ての良いとても朗らかな娘なんだよ。いつかきっと君に紹介する。あ~、時間があれば、皆に会わせたいんだがな。」

浮かれてないでさっさと迎えに行って、牛鍋でもご馳走してやるといいと市太郎が部屋から追い出した。
少しの本と着物を抱えて、他の寮生への挨拶もそこそこに良太郎は国許へと帰っていった。

「同じ方向だから、馬車で送ろうかと思っていたのにもう帰ったんですか。」

良太郎が既に、寮を後にしたと知って大久保是道は不愉快そうだった。

「せめて、ぼくに一言告げてゆけばいいのに。」

「ああ、そういえば大久保に伝言がある。」

まるで拗ねたように言う是道に、良太郎が実家へ遊びに来るように言い置いたというと、あっさり機嫌がよくなった。

「そうですか。この夏は、別宅に行ってみるつもりだったから、訪ねてみます。」

「分かりやすいな、如菩薩。」

くすくすと笑う市太郎には、もうすっかり取り繕った是道の横顔が内面の幼さを覆い隠す仮面だと分かっている。ずいぶん明るくなったと、保護者のように級友を見つめた。

「では、市太郎様。しばらくのお別れです。」

「ごきげんよう。」

「ああ。元気でな。」

白鶴と如菩薩は慇懃に深い礼をして、寮から国許へと帰っていった。
華桜陰高校で人生の友を得、再び帰寮してからは学生生活を満喫するはずの二人だった。

*****

瞬く間に最初の一年が終わり、季節は廻った。
短い春休暇が終わり寮に戻ったとき、良太郎はすぐに二人の様子がどこかおかしいと気が付いていた。
あれほど仲の良かった如菩薩と白鶴は、喧嘩でもしたのかと上級生がわざわざ問うて来たほどだ。

「う~ん……あの微妙な距離感は不自然だね。なにがあったのだろう?」

詩音も側にいるにはいるのだが、まともな会話を交わしていないようだ。どこか青ざめてやつれ、凍りついたような表情をしている。
田舎の家に訪ねて来いと伝言を残していたのに、夏季休暇の折りにも結局、是道主従は良太郎の実家にも来なかった。
秋には最初会ったときのように表情が固くなり、詩音は以前よりよそよそしく距離を持って仕えていた。
食堂に現れはしたものの、向かい合って静かに匙を動かすだけで沈黙が続き、やがて良太郎は切れた。

「いい加減にしないか。君等が仲たがいするのは自由だが、空気が悪いのは不愉快だ。新入生も入って来ると言うのに。」

きっぱりと告げると、是道が食堂から出て行こうとした。その頑なさは、以前に戻ったようだ。
何しろ、取り付く島がない。皆、遠巻きに様子を伺っていた。

「個人的なことに口を挟むつもりは無いが、せめて夏季休暇に何があったか話してくれないか?友人だろう?国許で一体何が有ったんだ?」

能面のように冷たい一瞥を詩音に流し、是道が抑揚のない声を発した。

「……聞けばいい。だが、詩音が口にできるものか……。」

「若さま……っ。」

がたと立ち上がった詩音が、音を立ててその場に崩れ落ちた。

「詩音っ!?」

どうやら脳貧血らしく、ぼんやりとはしていたが意識はあった。

「あ、……なんとも……ありま……せん。」

「何ともないと言う、顔色じゃないぞ。詩音、真っ青だ。」

「どうしたんだ。隈は酷いし……もしかして、君、ずっと寝てないのか?」

「ふ……ん。眠れるわけ無いだろう?ぼくの知る詩音なら、とてもまともな神経じゃいられないはずだ。」

是道の軽口は毒を含み、その場にいた者はひどく驚いていた。帰省中に一体、何が有ったんだ……とざわめいていた。

「さあ、詩音。誰もが清らかだという白鶴が、郷里で一体何をしたか、皆の前で言えるものなら言ってみるといい。」

「わ……かさま……詩音を……お、お許しくださ……い。」

「ちょっと待て。詩音!」

部屋を飛び出した詩音は、ふらついた足取りで自室に帰ろうとして、もんどりうって階段を踏み外し十数段を見事に転がり落ちた。
大きな物音と悲鳴に驚いて、部屋から飛び出した多くのものが踊り場に気を失った詩音が、奇妙な恰好で投げ出されているのを見た。

「詩音っ!!」

良太郎がいち早く駆け寄り、怪我の有無を調べた。ほっと安堵したのが傍目にもわかる。

「大丈夫、気を失っているだけだ。滑り落ちただけだから、心配は要らないだろう。」

武道をたしなむ市太郎が、骨に異常が無いか調べ、詩音を自分達の部屋に運び込んだ。

「しばらく白鶴は預かろう。大久保はなにやら機嫌が悪そうだし、少し離れて様子を見た方が良さそうだ。」

「そうだな……。」

くたりと枕に沈んだ詩音の小さな顔は、ひどく具合が悪そうだった。
部屋まで」出向いた校医は、もしかすると頭を打っているかもしれないから、真夜中に吐き気が起きないか注意するようにと伝えて退出した。

「動かさない方が良いらしいから、このままそっとしておくか。」

「打ち身を冷やす、氷嚢だけ借りてこよう。大久保にも伝えた方が良いな。」

部屋の外に出ると、ぼんやりと所在無さげに是道が立っていた。

「困った若さまだなぁ。詩音が心配なら、そんなところで様子を伺っていないで、見舞ってやったらどうだ?今は、薬が効いて眠っている。」

見上げたのが、まるで鈴を張ったような目だと、良太郎は思った。

「……誰が、小姓の心配などするものか。詩音は、僕ではなく大久保家の小者だったんだ……」

向けた瞳がぬれているのに気が付いたが、是道は靴擦れの件を思い出し甘く引き寄せるのを踏みとどまった。せっかく自立した若さまを甘やかしては為にならないと思った良太郎は、その場の是道の縋るような思いに気付かぬ振りをした。

「詩音を……看病をよろしく頼む。」

是道の背中が、ひどく寂しそうだった。




(´・ω・`) 良太郎:「何があったんだ……?」

(*/□\*) 詩音:「い、言えません……。」

いつもお読みいただきありがとうございます。  此花咲耶


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