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小説・蜻蛉(とんぼ)の記・19 

長旅をものともせず、板倉軍に合流した貴久は、父からの書状を携えていた。


感激の余り、板倉は咽んだ。


九州の大名は誰も思い通りに働かず、そのくせ連敗の全ての責任を板倉重昌一人に押し付けて無能呼ばわりしていた。

犠牲者は増え、悪しざまに罵るものもいた。


初めて席に着いた軍議の席で、貴久は自分なりに一揆勢と闘う考えを披露した。


見た目の華奢な美しい青年の、筋道だった論理に皆舌を巻くことになる。

これまでの治水工事や、新田開発が思わぬところで役に立ったな・・・と貴久は、大輔に微笑んだ。


城内の食料と水脈を絶つのは、籠城戦の場合鉄則だったが、それすら安穏な日々になれた武将達は手を打っていなかった。


大きな戦から何年も経ち、戦になれていない幕府軍に比べ、籠城する一揆勢には誰か頭の切れる知恵者がいると貴久は気付いた。


まずは、城内の井戸に続く水路を絶ち、抜け道を封鎖すること。


籠城する敵方には武器弾薬、食料等の供給を絶ち相手方が音を上げるのを待つ必要があった。


その後、多少時間をかけてでも、外堀を埋め、味方の陣を敵の城郭と同じ高さにすること。


今のままでは、敵方の矢玉が尽きるまで上からの攻撃を、受け続けることになっていた。


城壁に攻めた時点で、矢文を送り呼応するものを引き込み、夜陰に紛れて落ちてくるものはお構いなしとする。


次々と貴久の作戦は立てられ、実行に移されてゆく。

いつしか、幕府軍内で一目置かれるようになっていた貴久に、板倉がこういった。


「さてもその方は、まことにお父上の書状にあった通りの、勇猛で利発な青年であったの。」


「父上は何と・・・?」

「父上は、普段わたくしには何もおっしゃいませぬ。」


「三里藩の先を思えば、くれてやるのは心底惜しいが、そちを思ってくれてやる・・・と書いてあっての。」


「そう思っていただけるなら、わたくしもはるばる三里から来た甲斐があったというものです。」


心身共に疲れきった父の友人を、貴久は何とか励ましたかった。


「上様からは、一揆の始末はまだかと再三催促が来て、いささか参っていたのだ。」

それは長い間、孤軍奮闘してきた板倉の本音だった。


「キリシタンには益田四郎という、14・5の少年が居て時折城郭の上から、こちらを見ている。」


「あちらの総大将には、神が味方しておると怖気づくものも多く・・・。」


「恥ずかしい話だが、実のところ神々しいばかりの姿に、いつしかこのままこちらが負けるのではないかと思い始めたところに貴殿が来られた。」


「あちらがデウスの申し子ならば、貴殿は拙者にとっては武家の守護神、摩利支天のようじゃ。」


「確かにわたくしは、輿に乗っておりますし、摩利支天は猪に乗っております。」

摩利支天は陽炎を神格化した、武家の守護神であった。

戦場での疲れを感じさせない明るい顔で、貴久は板倉を励ました。


「もう少し立てば、情勢は誰の目にも変わります。
どうぞ板倉さまも、短慮など起こさず今しばらくお待ち下さい。」


「わたくしは、何があっても板倉殿のお力になるようにと、父の代わりに参ったのですから。」


「この摩利支天は、板倉殿に御味方し守護するために参ったのです。」



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