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淡雪の如く 26 

胸の病を得てからは表舞台から惜しまれながら引いたものの、いまだに重要な事案については大蔵省からも直接官吏が出向く。
今日も達磨と言う二つ名の、恰幅の良い日本銀行副総裁が出立の挨拶に来ていた。年は違っていたが、二人はかなり馬が合った。

「すみません、如月さん。ご病気療養中だと知っていながら、何度もお邪魔して申し訳ない。」

「いいえ。高橋さん。僕で役に立つことなら何でもします。今が大日本帝国の正念場ですからね。いくつか要人への紹介状を準備しています。出立は明日でしたね?」

「ええ、明日です。東洋の島国の銀行家が、いきなり外務大臣や大統領に会ったりはできませんから、ありがたくあなたのつてを使わせていただきます。」

渡英する日本銀行副総裁に向かって、如月奏は数通の手紙を渡し、英米の金融家の落としどころを伝えた。

「決して泣き落としなどではなく、いかに日本への投資が有益か、理路整然と自信を持って述べる事です。」…と、如月奏は笑みを浮かべ語った。

「案外、自信を持って話をすると、外国人は鵜呑みにするんですよ。謙虚や遠慮と言った日本人の美徳は通じません。大げさな張ったりも有効です。」

「あなたから、張ったりなどという言葉を聞こうとは思いませんでした。」

「では「大風呂敷」と言い換えますか。胸を張って堂々と、嘘をつき通して来てください。役者にでもなったつもりでね。他の国から仲介をさせてくれと頼まれたが、貴国ほどの適任者はいないと持ち上げて来てください。」

如月財閥の若き総帥は、寝台に伏していながら、脳は自在に世界で働いている。
そんな財界人の冗談が、本当のように思える如月奏の先見の明だった。

「さて、それではあなたの御自慢の生徒たちに会ってきますかな。」

「ええ。渡米した折りの愉快な話を聞かせてやってください。皆、楽しみにしています。」

理事の如月奏に頼まれて、達磨は訪ねた午後、華桜陰高校の豪奢な講堂で演説をすることになっていた。

*****

「諸君!」

広い講堂に朗々と、日本銀行副総裁の声が響き渡った。

「軍事大国、露国にこの東洋の島国が勝てると思っているものは、世界中を見渡しても一国もいない。だが、覚えておいてもらいたい。大日本帝国は、世界に名だたる露国の無敵艦隊(バルチック艦隊)を打ち破る初めての国になる。」

どよめきが起こった。何と自信ありげに物を言う男だろう。

「この重大な難局を切り開いてこそ、列強に並びわが国は真の国家と繁栄を手に入れることになる。他の国のように植民地になることもなく、雄々しく高い自尊心と向上心を持って我々は勝利する。」

「学びたまえ、自らがこの国の礎となるように。君達は我国の未来である。未来は君達の双肩にかかっているのだ。」

向学心と希望に燃えた若者たちは、熱いまなざしをもって喝采した。
上気した頬で万雷の拍手を送り、明日出国する日本銀行副総裁の外債獲得への成功を祈った。

*****

「ここにきて良かった。真っ直ぐな若者たちの眼差しに、励まされた心地が致します。」

日本銀行副総裁は興奮した面持ちで、再び理事室にいた。
「彼らは、実に清々しい男(おのこ)たちでありますな。」

「そうでしょう。彼等には、ぼくもいつも元気を貰ってます。」

不治の病を得て、すっかり細くなってしまった年若い理事は、グラスを上げて恰幅のよい銀行家をねぎらっていた。

「もし、あなたが御一緒に渡欧することがかなうのなら、どれほど心強かったかと思うと残念でなりませんよ、如月さん。」

こくりと芳醇な液体を飲み干すと、如月理事長は花散るような艶やかな笑みを浮かべた。

「ご一緒できないのは残念ですけれど、きっとあなたの任務は成功します。高橋さん、ぼくが請け負います。」

「一度懐に入り欧米人の善い所も悪いところも知っているあなたには、今回の任務はほかの誰よりも適任だと思っています。」

人のよさそうな高橋と呼ばれた達磨は、そう言われて破顔した。

「確かにね。東洋人への扱いをわかっているという点では、わたしほど適任者はいないでしょうな。」

「ええ、向こうで会った人たちの話も伺いたいですから、なるべく早く帰国してくださいね。」

乾いた小さな咳を一つした如月理事の顔に、青ざめた疲れが見えていた。長く起きているのは無理なようだ。

「如月さん。この国の行方を見届けるまで、決して死なないで下さい。」

「……ええ、きっと待っていると約束します。北里柴三郎博士の研究所で、僕の為に画期的な薬を開発していると友人も言ってくれましたし……。」

申し訳ない……と言って、長椅子に横になった如月理事の白い頬が上気して見える。
おそらくずっと続く微熱のせいだろうと想像がついた。
こちらこそ無理を言いましたと、高橋は理事長室から辞した。
その眼差しは既に未来に向けられている。
今の高橋にも、もはや何の憂いも無い。
ただあるのはやり遂げなければならないと言う使命感だけだった。
日本中が彼の背に全てをたくし、たった一つのものを見つめていた。




綺麗な男が弱っているのは好きです。←
(〃ー〃)うふふ……

いつもお読みいただき、ありがとうございます。  此花咲耶


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