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淡雪の如く 24 

是道の側へ急ぐ詩音の耳に、高い大久保本家の正室の声が響く。

「合格おめでとう、詩音。」

「ありがとうございます。奥方様。」

「結局二人とも、合格したわね。仕事をしながらで大変だったでしょうに、良く頑張った事。」

「旦那さまが受験をお許しくださったからです。この御恩は必ず御奉公でお返しいたします。」

「勿論そうしてもらいます。向こうへ行ったら学友などという面倒なものは、是道さんから遠ざけておしまいなさい。大久保家の総領には誰かと慣れあうことなど必要ありません。詩音にそのお役目が出来ないのなら、是道さんに付ける小姓は他の者にしますからそうおっしゃい。」

「そんな……奥方さま!」

「言い置きましたよ。」

「奥方さま…!」

是道の全幅の信頼を受ける詩音に、正室は無理難題を振った。詩音は初めて羽を伸ばそうとしている是道の密偵になった。出立の前日、もう一度呼び出され、事細かに学内での様子を書き送るように念押しされた。

相談に乗る振りをして、詩音は是道を密かに裏切り続けた。
学生生活の中で、周到に友人関係を台無しにし、是道を孤立させようとしている。夜叉の手先になった詩音に、是道は田舎にいた時と同じように変わらぬ信頼の眼差しを向けていた。

「詩音が一緒に居てくれるから、学校生活も安心だ。ぼくは市井に関してはわからないから、助けてね、詩音。」

「はい。詩音に出来る事なら何なりと、お手伝いいたします。若さま。」

「寮へ入っても、華族以外の者と親しくしてはいけませんと母上に言われているから、しばらくは黙っている方が良いのかな。」

「そうですね。少しずつ時間をかけて、同級生の人となりを観察してからにしましょう。それからでも皆様と親しくなるのは遅くありません。」

「うん。あの子がぼくを覚えていると良いなぁ……。」

「若さまをお忘れになる人なんていません。」

「そうだと良いなぁ…。でも入学試験のときはこちらを見向きもしなかったんだよ。」

「試験でいっぱいいっぱいだったのでしょう。すごく難解でしたから。詩音は自分だけ試験に及第しなかったらどうしようかと気が気じゃありませんでした。」

「おかしなやつだな。詩音の方が何だって、ぼくよりも優秀じゃないか。詩音が受からないなら、ぼくもおそらく華桜陰を受からなかった。二人とも優秀だったということだね。」

「こちらの理事長は、見る目がおありです。」

「違いない。」

……そんな会話を思い起こして、詩音は泣きそうになっていた。胸が痛かった。
医務室の薄い扉が、従者の侵入を拒んでいる。
看護人が常駐しているので付き添いは無用、と校医に言われた以上中には入れなかった。
ドアノブに手をかけて逡巡した詩音は、もたれかかったままずる……と、その場に滑り落ちた。

部屋の中では熱のある是道のために、しゅんしゅんと加湿器の音がしている。

「…若さまを決して御一人にはしませんから、詩音を許してください。ああ、卑怯な詩音……。」

自嘲気味に呟くと、その場で膝を抱え丸くなった。ウールの洋袴がちくちくと頬を刺す。
戻りの遅い詩音を探して、良太郎と市太郎が迎えに来たとき、従者が扉の前で寝入っているのを認めた。

「ぼくは大久保担当だから、詩音は君が運んでやると良い。」

「そうか。では西洋の結婚式のように、花嫁を運ぶ練習をしておこう。」

「…軽いな。ちゃんと食ってるのか?」

慣れない寄宿舎暮らしで、是道と二人の気疲れの続く日々、しばしの解放を得て詩音は市太郎の腕の中に身を預け深く熟睡していた。詩音の深い懊悩を知る者はなかった。

*****

一方、是道も夢を見ていた。

行儀作法がなってないと義母に叱られ、幼い是道は、庭の植え込みの中に隠れて泣いていた。

「わかさま。」

幼い顔の詩音が、義兄上さまが呼んでいますと声をかけた。

「いや。是道は、お兄さまの所へ行くのはいや。」

俯いて泣いていると、ふと人影が伸びてくる。

「おいで。」

恐怖に慄きながら見上げると、お日さまのような輝く笑顔があった。

「ほら。抱いてやろう。」

伸ばされた腕に縋ると、日向の匂いが鼻腔をくすぐった。
硬く閉じた目を開けたくなかった。
目を開けば、やっと手に入れた幸福な夢が終わる。
是道の固く閉じた眦(まなじり)から、つっと一筋涙がこぼれた。




(´・ω・`) 苦悩の主従に、この先救いはあるのでしょうか……?←先に謝っとく?

いつもお読みいただき、ありがとうございます。  此花咲耶


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