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淡雪の如く 23 


大久保是道にとって、あのささやかな出会いがとても大切なものだったという詩音の話に、顔が火照るといって良太郎は窓を開けた。
妙に気恥ずかしかった。
是道の自分への不器用な執着が、あの日の幼い少女と被り、どこか理解できるような気がする。
そう言えば、言葉少なく泣いていた子供は、大きなこぼれそうな目をして、固く首に縋り付いた。
そこだけは今と変わらなかった。

階下の窓の下に医務室の明かりがこぼれている。

「あの時のこみちちゃんは…、躾の行き届いたきちんとした子どもだったよ。不思議だね。今の頑なな大久保とはまるで別人のようだから、何も気が付かなかった。」

「それなりに、大久保にも色々あったと言うことなんだろうね。」

市太郎が助け舟を出す。

「どんな苦労をしたものか。傍目には分からぬものだな。」

「はい…。それはもう、若さまにはいろいろなご苦労がおありでした……。」

以後も若さまをよろしくお願いいたしますといって、詩音は深く頭を下げた。だが、是道の昔話を聞きながら、市太郎には今ひとつ腑に落ちていないことが有る。
一度、良太郎のいないところで、話をしてみようと思った。

「わたくし、若さまのご様子を、見てまいります。」

詩音が席を外したのを「詩音」と呼んで、後を追った。
追ってきた市太郎に向かって、詩音は思いっきり嫌そうな顔をした。

「なんでしょう…?」

そういいながら、市太郎が次にかける言葉に気が付いていたようだ。顔色を白くして詩音は向き直った。

「詩音。足を焼く芝居は、君達二人で考えたのか?」

「…おっしゃっている意味が分かりません。若さまが心配なので、ここで失礼致します。」

曖昧に視線が泳ぐ動作が、既に市太郎の推測の正しさを証明していた。市太郎は易々と言い当てて見せた。

「深い火傷をしないように、先に足に巻いた包帯に水を吸わせて、その上に薄く油をかけた。そうだろう?忠義な白鶴が、若さまの寝台の側の水差しを空にしておくとは思えない。」

市太郎は、良太郎の取り上げた水さしが、空だったことを指摘した。
階段でつかんだ詩音の腕が、力なく落ちた。

「あの、市太郎さま。本当のことを申し上げますから、こちらへ……。どうか佐藤さまには、ご内密に願います。」

「わかった。」

詩音は階段わきで、耳打ちするように声を潜めた。

「全て、詩音が一人で考えて、若さまにそうするようにと仕向けました。若さまは詩音の言うままにされただけです。全部、詩音が一人で考えた狂言です。」

仕向けた、と言う言葉がどこか違和感を持たせていた。
主従で有りながら、これではどちらが従者かわからない。
是道のために身を投げ出すことも厭わないほどの忠義者にしては、言葉がそぐわない気がする。良太郎の手を欲していながら、迷惑としか思えない行動を取らせるのは、かえって良太郎から是道を遠ざけることになるのではないのか。

「詩音。良太郎は馬場で水を浴びせた時、大久保に言ったそうだ。」

「…何をです?」

「同じ目の高さで、対等にものをみる友人になろう。損得抜きで付き合おうと。だから、君も従者だなんだのと言う考えを捨てて、せめて華桜陰高校の学生でいる間くらいは……」

「で、できません……できません……市太郎さま。」

詩音が市太郎に向けた瞳は、哀切に濡れていた。

「何故だ、詩音。」

「詩音は、若さまと同じお立場…決してそんなものにはなれないのです……。詩音は…若さまのような美しい心根の持ち主ではありません。詩音はもう、ここに来る前から穢れているのです。」

「詩音。それは逆だろう?大久保が君に無体を仕掛けているのだろう?」

「だれも…本当のことをご存じないだけです。若さまも、詩音の思惑などご存じありません……。ごめんください。」

市太郎の手を振り切るようにして、詩音は是道の下へと急いだ。
踊り場に残された市太郎は、不可思議な詩音の言動に首をかしげていた。

「何を、抱えているんだ……あいつは。穢れているとはどういう意味だ。」

「わからん。皆目わからん。」

美貌の主従には、余りに謎が多かった。






いつもお読みいただき、ありがとうございます。  此花咲耶


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