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淡雪の如く 21 

涙を拭うと決心を告げた。

「向こうに……帰ります。爺や。母上に、お人形をありがとうございますと伝えて。」

「是道はきっといい子にして、いつか母上をお向かえに参りますから待っててください。」

肩で切りそろえた髪を揺らして、帰り道をとぼとぼと歩く是道には、帰る場所はたった一箇所しかなかった。
遠く消え行くわが子の姿を見送って、母もまた泣き濡れて立ち尽くしていたと言う。近くに落ちていた草履を抱きしめて、母は二度と逢う事の叶わぬ愛し子の名を呼んだ。

心配した門番が、付かず離れず帰り道を見守っていたことも、是道は知らなかった。
行きの何倍もの長さに感じる帰り道、歯を食いしばっても溢れてくる涙にくれながら是道は歩いた。
水ぶくれが裂けて、柔な足裏の皮がとうとうぺろりと一枚剥けてしまった。

「皮が……もう……痛くて歩けない……どうしよう……」

「ああ、お腹がすいたなぁ……」

近くの小川で、子供等が水しぶきを上げて興じていた。

「お水……。」

せめて水を飲もうと思って立ち上がった足の裏に、激痛が走る。
道端にぺたりと座ったまま、是道は痛みと共に突然襲い来た孤独に苛まれて呆然としていた。
このまま夕刻になり、陽がとっぷりとくれてしまえば、野犬が出てくるかもしれない。
母の飼う小さな狆(ちん)はよくなれて可愛らしかったが、本家で飼っている父の猟犬は良く吠え獰猛で怖かった。
それに、老女の持つ房の付いた竹鞭の痛みを思うと、悲しくて胸が潰れそうだった。
黙って出てきてしまったから、きっとひどく叱られるだろう……。

……ふと足元に射す人影に気が付いて、見上げれば陽に焼けた健康そうな少年が、じっと是道の泣き顔を眺めていた。

「なあ。これ食う?」

その手にある握り飯を認めて、本当は頷きたかったが是道は頭(かぶり)を振って我慢した。

『よいですね。本家に入った本日限り、下賤のものと関わってはなりませぬ。』

里にいた頃のように、親しく下働きの者を手伝って薪を運び、こっぴどく叱られたのを思い出した。
若さまにこのようなことをさせてと、脚の曲がった年老いた風呂係は激しい折檻を受けた。

「違うの、違うの。わたしが勝手に手を貸したの。」

「やめて!爺やを許して。わたしが悪いの。」

どれほど義母の袂に縋って庇っても聞き入れられず、風呂係は職を失い是道は己の無力を知った。
腰の曲がった老体で、たくさんの薪を運ぶのを見かねて手を貸したのがいけなかった。

「良いですか?人にはそれぞれ立ち入ってはならない「分」というものがあるのです。」

「……はい。」

下と親しくするのは避けなければ……。
ぐぅ~……と、腹がなり、生唾をごくりと飲み込んだ。

「おまえ、口が聞けないのか?」

ふるふると首を振った是道の口許に、かじりかけのむしった飯が押し付けられて、思わず口を開けた。
口の中でほろ…と、白米の塊が解れた。
すきっ腹に握り飯の塩味がしみて、是道は、空腹に勝てない自分を恥じて、ぽろぽろ泣きながらほお張った。
足元にしゃがみこんだ少年が声を掛けた。

「あぁ……何で泣いてるのかと思ったら……。」

「肉刺(まめ)が潰れてしまったのだな。柔らかい足の癖に、はだしで歩いたりするからだ。」

上物の草履と足袋は脱げてどこかに行ってしまって、いつの間にやら素足になっていた。
顔いっぱいで作ったまん丸な笑顔を向けて、背中を差し出し乗れと言った。

「ほら。おぶってやる。痛いだろ?」

涙で濡れた瞳を向ける是道に、困ったな…知恵足らずなのか……と独り言が聞こえた。
是道の両手をぐいと掴んで引っ張ると、そのまま前のめりになって、えいと是道を背負った。

「よおしっ。行くぞ。しっかり捕まってろよ。」

「あ…い。」

薄い木綿の衣服はひどく埃っぽく……だが、母と同じ懐かしい日向の匂いがした。
思わず背中に顔を寄せて大きく息を吸い込んだら、壊れてしまった涙腺はもうとめどなく涙を溢れさせて、少年の襟元がしとどに濡れてしまった。
先ほど別れて来たばかりの、母と同じ陽向の匂いだった。

「は…母上…」

「よしよし。泣かずとも、すぐに手当てをしてやるからな。」

痛みで泣いているのではなかったが、いっそそう思ってもらったほうがいい。母を思い出して涙にくれているなどと知られてはならなかった。

「お前、名前は?」

少年に名前を聞かれたが、声がかすれてきちんと伝えられなかった。

「……こ……みち……」

「そうか、こみちちゃんと言うのか。」

温かい背中に揺られるうちに、いつしか疲れ果てた是道は眠ってしまったようだった。




(´・ω・`) ちょっと、可哀想になってきました……←書いといて。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。  此花咲耶


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