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淡雪の如く 16 

「大久保っ!」

良太郎は穿いていた袴で足を包み込むと、落ち着いてはたいて瞬時に火を消した。

「市太郎、水!」

「水差しは空だ。」

木羽市太郎が取り上げた室内の水差しには、あいにく足にかけるほどの水は入って無かった。
ぐるりと部屋を見渡した良太郎は、階下を覗いて、馬場に有る手動のポンプを認めた。
それからの良太郎は素早かった。
まるで米俵を担ぐように(これは、後に木羽がそう言った)是道を右肩に担ぎ上げて、馬場まで一目散に走った。

そこにあった飼い葉桶に手押しポンプで一気に水を張ると、地面に投げ落とした大久保是道に、そのまま頭上から水を浴びせた。

「つ、つめた……。」

「そりゃあ、冷たいだろう、汲み上げたばかりだからな。大久保が正気に戻るには、この位がちょうどいいんだ。」

「……あっ…!」

「よいしょっと。そら、もういっぱいだ。」

涙ぐむ是道の頭上から、容赦なく良太郎は一気に水をうつした。
間もなく、季節は初夏になろうとしていたが、朝っぱらからの水浴びはさすがに冷えたようだ。

多量の水でたまりになった所に、呆然と座り込んだまま是道は一つくしゃみをして、じっと良太郎を見上げていた。
ふと、どこかで見た幼子のような無垢な瞳だと思った。
何を思いついて、大久保はこんな騒ぎを起こしたのだろう。
見開いた目に、髪の滴が零れ落ちてしばしばと瞬きをすると、くしゃと子どものように顔が歪んだ。

「うっ……えっ……」

一体どのような育ち方をすれば、こういう考え方をするようになるのか。
詳しい事情は解らないが、おそらく是道も自分で自分のことがわからないでそこにいるような気がした。

「大久保。もう、頭は冷えたか?」

泣いているのか、水が冷たいのか、是道はしきりに手の甲で目の辺りを拭っていた。

「いいか、大久保。以後、金輪際自分を傷つけるような無茶はやめろよ。」

いつしか良太郎のものの言い方が、幼い弟妹に向けるものになっていてどこか柔らかく優しい。直ぐ隣に腰を据えて、良太郎は話をした。

「いいか?出来ないことにはなんでも手を貸すし、助けてやる。だから、できないことを恐れるな。これからは、何もかも小姓の詩音に甘えずに、経験だと思って市井に混じってみろ、大久保。慣れれば、きっと楽しいから。」

目を見開いたまま、ぽかんと口も閉じられないで居る是道がどこか哀れだった。
今の状況が飲み込めずにいるのだろうか。
良太郎は、先ほどまできっぱりと縁を切るつもりでいたが、つい言ってしまった。

「従者にはなれないが、ぼくは友人だったら歓迎する。」

是道の唇が、水の冷たさのせいだけでなくかちかちと音を立てて震えていた。

「ゆう、じん……?」

「そうだ。考えてみろ。学友と言うのも、中々にいいもんだぞ。」

「……。」

「友人は、君の詩音のように、三歩下がって侍ったりはしないが、隣で親しく話をするんだ。」

「君がした不始末の尻拭いなどはしてやらないが、本当に困ったときは手は貸してやる。」

良太郎は、水溜りの中からぬれねずみの是道を拾い上げ、その場に立たせた。

「ほら、こうして何でも同じ目の高さでものを見るんだ。これを同等と言う。わかるな?」

「……ん。」

「全て思い通りにならなくても、癇癪を起こさずに、まず周囲の者の気持を考えてみろ。
出来るか?」

友情とは、損得抜きで互いの価値を認め合い、相手のために出来ることをしようとする対等の立場だと、良太郎は当たり前のことを懸命に説明した。なぜか神妙に是道は話を聞いて居た。
ぶるっと全身を震わせる是道の青ざめた唇を認めて、良太郎は笑った。

「帰ろうか。これ以上ここに、ずぶぬれのまま立たせて風邪をひかせたら、若さま一途の詩音に叱られそうだ。な、正直に言ってみろ。本当はもう何ともないんだろう、その足?」

是道は、素直にこく……と頷いた。

「やはりな。まあいい、素直に白状した褒美に、今日を限りに部屋まで抱いてやろうか。」

余りにうれしそうに花の笑顔を向けるので、さすがの良太郎も思わず照れてしまった。
ふわりと首に回された腕は、いつか慣れたように巻きついて、思わず良太郎は苦笑した。
何が気に入ったのか知らないが、子犬がなつくようにえらく好かれたものだ。

「ぼくのどこが、そんなに気に入ったんだ?」

さすがに返事はしないだろうと思ったが、聞いてみた。
周囲に誰もいなかったせいだろうか、是道はどこか不自然に、良太郎の幼い弟のような物言いをした。

「母上と同じ、陽だまりの匂いがした。」

「そうか?自分では判らないが、日向の匂いならぼくも好きだ。」

是道は、母上とは今生で会えないんだとは言わなかった。
良太郎も、何か事情があるのだろうと察しながらも、それ以上の言及を避けた。





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(´;ω;`) 是道:「つ、つめたい……」

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