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小説・蜻蛉(とんぼ)の記・15 

いつしか、時は流れた。


元々勉強家で聡明な貴久は、今は藩の財政を預かる勘定方で仕事を任されるようになっていた。


子供の頃から、お家大事の時には、兄を守って先陣を切ると誓ってきた貴久だったが、徳川の世になり大戦はもう過去のことになっていた。


不自由な身体ながら、港を整備するよう進言し、新田の開発を奨励し、三里藩は小藩ながら少しずつ石高も上がり豊かな藩になって行く。


戦国武将の、上杉謙信公のようになりたいと貴久は言う。


領内が平和で争いがなければ、領民も皆幸福に暮らせる。


民を思って無駄な戦をしなかった上杉のように、豊かな国づくりをしたい・・・。


大輔も、貴久の手となり足となって、懸命に仕事に励んだ。


本来ならば、父の職、御納戸頭を継ぐべきところ、こちらも特別に赦されていた。

「義母上は、わたしを廃嫡して屋敷奥に閉じ込めることもできたのに、こうして城内への出仕も認めてくださるのは、ありがたいことだと思う。」


特別に誂えた駕籠に乗れるようになって、貴久は治水工事の測量現場へも出てくるようになった。


「大輔をお側に置くのを赦してくださったのも、皆、義母上が父上に御口添えくださったからなのだ。」


たまには大きな背負子に、主人をくくりつけて大輔は城下を見渡せる山へも登る。


「自分にできることがあると、やっと思えるようになった。」


「これも皆、大輔がわたしの手足となって、よく働いてくれるからだ。」


「礼を言う。」


背中合わせに、そういう貴久に大輔は言葉を飲み込んだ。

(何故、貴久さまは奥方や信貴さまを、お責めにならないのだろう・・・)


今でも時折、夢を見る。

夕暮れにうごめく黒頭巾、疾風の足に巻きついた黒い真田紐。

血溜まりの中で、息耐えそうな主人を抱きしめて卒倒しそうだった過去の自分の姿・・・


「大輔が居なかったら、わたしはとうに母上の元に旅立っていた。」


「母上に叱責されるようなことを、しなくてよかった。」


家中にあの時、噂は、まことしやかに流れたのだ。


藩主の座を焦った嫡男信貴と母親、その取り巻きの手によって、貴久の落馬事故は仕組まれ、お袖の方は暗殺されたと。


さすがに口にするのも憚られたが、密かに大輔も噂どおりではないかと、思っていた。




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