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小説・蜻蛉(とんぼ)の記・13 

「・・・ならぬ!」


「そちを失っては、お福が悲しむではないか。」


誰よりもまず誰かを思う、いつもの貴久の言葉だった。

「それに、そちを供にしたとあっては、母上にわたしが叱られる。」


「では貴久さま。」


これ以上の苦しみを、与えてはならなかった。


「これよりは貴久さまの身の回りのことは、すべて大輔がお世話仰せ付かります。」


「よい。おまえはわたしよりも背が・・・」


「御免。」


大輔は慣れぬ手つきでさっさと夜具を敷き直し、あっという間に貴久の濡れた着物まで脱がせてしまった。

「何をする?」


置き火に薪を足し、湯の支度をした大輔。


「身体が冷えると、心も冷えますから。」


半ば強引に風呂に抱えて行き、湯船の外側に主人の身体を預けさせて湯をかけた。

「貴久さま。大輔はすぐに大きくなります。」


「腕力も、家中のもの誰にも負けないようになります。」


「貴久さまが、側でご覧になってくださるなら、大輔は貴久さまの代わりに、信貴さまのお役にも立ってご覧にいれます。」


「それほど時間はかかりませぬゆえ、どうかお待ち下さい。」


真剣な目で訴える、同じ年の家臣にやっと貴久は微笑んだ。


「大きく出たな。大輔。」


「では、論語の素読も逃げぬとな?」


「そ、それは・・・」

すのこが濡れてすべり、身体が傾いた。

辛うじて支えた大輔は、真剣に若い主人を見つめた。



「貴久さまが、この先もずっとお側に居て下さるなら、大輔は決して逃げたり致しません。」


・・・そして二人は、当然のように風邪を引いた。

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