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一片(ひとひら)の雪が舞う夏に 16 

ひたすら、自宅に向けて走った。
脳内では、雪男がぽたぽたと溶けかけた氷の彫刻になっている。
早く、早く、早く!ウサインボルトのように世界最速でおれは…、駆けた。あ、そういえばウサインボルトって、世界陸上フライング一発失格だったよな、惜しかった。

ともかくまだ聞きたいことはあったし、あの哀しい雪の中の最期から、きりりと鉢金をしめたちびの桃太郎がどうなったのか知りたかった。
部屋に飛び込んだが、雪男の姿は見えなかった。風呂場の方も、寝室にも気配すらなかった。

「…やっぱ、消えちまったのか…、雪男。」

思わずこぼれたため息と共に、誰に言うでもなく一人ごちる。間に合わなかったのにあまりにがっかりして、おれは脱力してしまった。その場に、がくりとへたり込む。

「なんだよ、もう…。帰るまで、絶対消えるなって言っただろうが…。」

その場にへたり込んだおれの耳に、台所から何かが倒れるかすかな物音がした。

「雪男っ!…そこにいたのか…。って…何、してんだ?。」

「そこもとは、良い氷室を持っているのだな。おかげで少し長らえそうだ。」

ひむろ…氷室…冷たい部屋。冷蔵庫ね。ばんざ~い。
冷蔵庫のものを、全てそのあたりに放り出して、棚もみんな取っ払って雪男は身体を丸めてそこにいた。

「あはは…氷室って…。確かにそうだけどな、冷蔵庫っていうんだ、それ。サイズ合ったな。」

そう言えば保育園くらいの時、雪だるまが溶けるのが嫌で、冷蔵庫の中に入れて貰ったことが有った。勿論、冷凍庫じゃないからすぐに崩れてしまって、帰宅したおれは扉を開けるなりがっかりして、わんわん泣いたことがある。
だからきっと、雪男が溶けていないのも、ほんの少しの時間稼ぎにしかすぎないはずだ。文字通り透き通るような肌になり、雪男の透明感は増していた。

「無理をさせたんだな。でも、本当にもう少し話がしたかったんだ。」

「我もそこもとと、今少し話をしたいと思っていた。こうして、誰かと打ち解けて話をするのは久方ぶりだが、とても愉快なものだな。このような思惑は、すっかり失念していた。源七郎さまの、記憶も曖昧になりかかっていたが、今ははっきりとあの端整な面差しを思い浮かべることができる。」

雪男はおれに向かって、軽く頭を下げた。

「思い出せたのも、全てそこもとと出会えたからだ。この通り礼を言う。かたじけない。」

「いいさ、そんなこと。元々おれが蹴った空き缶が当たったんだ。こっちこそ出会えてよかったよ。でさ…。雪男は雪の中で腹切って死んでしまっただろう?ちゃんと、二人はお墓に埋葬されたのか?その、行方を捜しに来た家族とか、お城から迎えに来た人の手でさ。あのままじゃ、いくらなんでも可哀想すぎると思ってさ…。」

「…いや。我の墓はどこにもない。源七郎さまも、籠城する城の内部に運び込まれて、おそらく他の者の遺骸と共に空井戸に放り込まれたはずだ。野ざらしよりはましだと思うが、あの頃は生きている人間は戦闘に必死で弔いもできない、そんな時代だった。我だけではない。」

こんな悲しい顔をさせるために、聞きたいわけじゃなかった。声がひっくり返りそうになるのを抑えて、何とか聞いた。

「雪男には、お母さんがいたじゃないか。家を出る時、挨拶していただろう?あのご婦人は、どうなったんだ?雪男を見捨てたのか?」

「母上は…我の戦死を聞き、お家再興が叶わぬと知り、ご先祖様に申し訳ないと言ってご自害あそばした…。死に装束で仏間にこと切れていたと、小者が我の屍に告げに来た。二度とまみえることは叶わなかったから、きっと母上は、成仏されたのだろう。他の方々も、共に浄土へ参ったと思う。」

おれの目は、雪男が倒れた場面を見つめていた。最愛の源七郎の首を掻き切り、雪男はその首を副隊長に預け、自分はその場で見事に自害して果てた。道標のあるその場所に倒れた雪男は、ずっとそのまま打ち捨てられたままだった。
雪男の小藩は、俗に言う佐幕派で滅び行く徳川幕府に加担して、辛酸をなめた。律義な藩主の行動が、知らず多くの臣民を泣かせた。雪男のような幼い者でも、一様に武士として厳しい咎めを受けた。
いつの世も、同じ日本人の血が流れる内戦には情が絡み、敗者はどこまでも容赦なく苛まれる。
年末のテレビ番組では触れられていなかったが、雪男だけでなく源七郎も、辺りで倒れた大勢の同輩も、こんな風に誰一人として埋葬はされなかったのだろう。雪のある間は遺骸も傷まなかったが、水が温み季節が巡っても新政府は、埋葬を許さなかった。
藩内のいたるところに埋葬されない遺体は放置され、腐敗した。
夜陰に紛れそっと持ち帰られる者は、運よく身内の生き残った者だけだった。家名の絶えた雪男を探しに来るものは、誰もいなかった。主を失った小者は倒れた雪男に、母の自害を告げたのちさっさと遠くへ旅立った。
それも、いた仕方のないことだったと、雪男は寂しげにつぶやいた。

「母上とは、今生の別れの挨拶を交わせたから…まだ我は幸せな方だ。」

「そうか。雪男は、小さくても武士だもんな。」

「いかにも。」

おれに向けた顔には、薄い微笑みが張り付いていた。




(`・ω・´) 雪男:「武士とはそういうものなのです。」

Σ( ̄口 ̄*) 柳:「そうなのか、えらいな~、小さくても泣かなかったのか。」

(*/д\*) 雪男:「ほんとは…ちょっと泣いた~…。」

(*⌒▽⌒*)♪柳:「www正直者~」

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2 Comments

此花咲耶  

鍵付きコメント様

お読みいただきありがとうございます。(*⌒▽⌒*)♪
氷室と言えば、将軍家が熱を出したとき、富士山の氷室から氷を切り出したとか言う話を聞いたことがあります。
大きな氷も、江戸城に着くころにはこぶしくらいの大きさになってしまったとかでした。←うろ覚え~
コメントありがとうございました。がんばります~(*⌒▽⌒*)♪

2011/09/03 (Sat) 20:13 | REPLY |   

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2011/09/02 (Fri) 23:00 | REPLY |   

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