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小説・蜻蛉(とんぼ)の記・10 

それから程なくして、三里藩主は信貴を次期藩主に決めた。


城代家老の報告に、貴久は夜具の上、眉一つ身じろぎも返答もしなかった。


次期藩主の座を得て、信貴の母親が見舞いという名目で、勝ち誇った様子で屋敷に来た時、医師は止めたが貴久は何とか座椅子の力を借りて対面を果たした。


「・・・このようなお見苦しい姿での対面となり、義母上様には申し訳ございませぬ。」


想像以上に哀れな姿に、さすがの正室も言葉を失ったようだった。


正室の知る、貴久ではなかった。


自身の病弱な息子よりも、儚く見えた。


「・・・そのままでよい。重ね重ねの不幸、見舞いの言葉もない。」


血の気の無い顔を正室に向け、貴久はこういった。


「わたくしは、わたくしの生涯を兄上のために、捧げとうございました。

亡き母共々それがわたくしの本分と心得ておりました。

お見苦しく生き恥をさらすような次第になりまして、申し訳ございません・・・・

あ、兄上に、わびる言葉も・・・ございませぬ・・・」


握りしめた拳に、こらえきれず涙が落ちた。


「貴久殿・・・ともかく、お早い本復をな・・・」


辛うじてそう言葉をつむぐと、さすがに堪らず正室は早々に退散した。

見送る大輔も屋敷内のものは皆、歯噛みする思いだった。

まだ貴久に真実は告げられなかったが、身に降りかかった恐ろしい事実をいつか知るだろう。


落馬事故は、貴久の下半身の自由を奪っていた。


腰を打ったときに、足を動かす線のような神経が切れてしまったのだろうと奥医師は言う。


「おそらく、馬に乗るどころか、常人のように立つことも歩くことも叶いますまい。」


生きているのが不思議なほどの怪我から、ともかく一命は取り留めた。

誰よりも、強くて優しい兄上思いの若様に、神仏は何と言う仕打ちをなさるのだろう。


いっそ、自分が身代わりになりたい・・・本気でそう思った。


何も知らない貴久の代わりに、大輔は裏山で目が溶けるほど泣いた。




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