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Archive: 2017年11月  1/2

明けない夜の向こう側 第三章 6

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郁人に最新の治療を尽くせたのは、鳴澤家が日本でも有数の金持ちだったからに他ならない。透析を始めて二週間後、郁人は奇跡的に意識を取り戻し最悪の状態から脱出した。傍に居る櫂に向かって、寝台の郁人は瞼に青い隈(くま)を拵えて、薄く微笑んだ。あれ程むくんでいた顔が、嘘のように細くなって細かな皺が頬に目立っている。透析によって、体内に溜まった老廃物や毒物がうまく排出されたのだろう。腫れが引いて、くっきりとし...

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明けない夜の向こう側 第三章 7

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鳴澤は大学側と交渉し、病院内の郁人の特別室の隣に透析室を作らせ、個別に看護婦を雇った。郁人に不自由の無いよう、鳴澤家の使用人も常駐させることにした。いつ起こるかもしれない出血に備えて、鳴澤の会社の社員や、櫂の大学の友人が毎日、郁人の為に輸血してくれることになった。週に三度、透析治療を受ける郁人の状態は見違えるように良くなり、顔色もよくなった。やがて郁人は、一人で病院内を散策できるまでに回復した。周...

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明けない夜の向こう側 第三章 8

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鳴澤が部屋を出てゆくと、印南教授は思わず櫂に本音を吐露した。「鳴澤さんには、酷な話だっただろうか?もう少しうまく話ができればよかったのだが……」病気の子供を抱える親に、真実を告げるのは、いつも気を遣う。どれ程、言葉を選んでも、受け取る側に医師の真意が思惑通り伝わるとは限らない。「……いえ。義父には、教授の善意は伝わっていると思います。いつかは伝えなければなかったのですから。それと……郁人の事で、僕からも...

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明けない夜の向こう側 第三章 9

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必死になって息子を守ろうとする鳴澤は、一度は立ち消えになっていた根本的な治療の計画について蒸し返しそうとしていた。戦争末期、秘密裏に国内で行われた母から子への移植手術は失敗に終わったが、一時的に娘が持ち直したことを鳴澤は覚えていた。仕事上の付き合いのある米国人から、海外では既に移植手術が何例も行われているとも聞いていた。「このままでは郁人はいずれ亡くなってしまうだろう。成長しないまま、永らえたとし...

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明けない夜の向こう側 第三章 10

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内心の動揺を押し殺して、最上家令は旦那様に話をしてみようと答えた。最上家令と笹崎と共に、櫂も本宅へ急ぎ向かう。果たして陸は無事でいるのだろうか。望月が性急に事を運ぼうとしないでいてくれるよう、思わず願った。義父の希望は、櫂にはよくわかっていた。誰よりも何よりも郁人が大切で、それは全ての事業を手放し、自分の命を投げうったとしても一片の悔いもないほどの、どこまでも深い愛だった。大きな会社の運営をし、時...

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明けない夜の向こう側 第三章 11

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しばらくして、寝台の上で気づいた陸は、横に置かれた櫂の手に指を伸ばしそっと握った。「……にいちゃ……おれ、なんでここにいるの……?」「眠ってしまったんで運んで貰ったんだ。義父さんが、みんなで一緒に食事でもしようと言ったらしいんだが……仕事が入ったみたいだ。気が付いたのなら、向こうの家に帰ろうか」「そう……久しぶりだったのに、残念だったね……お父さんは忙しくても、郁人のお見舞いも毎日欠かさないし……体を壊さないと...

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明けない夜の向こう側 第三章 12

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やがて、入院中の郁人は腎臓摘出手術を受けることになった。それは移植手術をするための、準備段階だった。相変わらず、郁人の血圧は高く貧血が酷かったので、使われていない腎臓を摘出した方が、状態が良くなるのではないかと、印南教授は鳴澤に摘出手術を勧めたのだ。「郁人」布団に潜り込んだまま、郁人は拗ねていた。「いや」「郁人……わがままはいけないよ」「やだ」可哀想だが、言い含めねばならない。生体腎移植を行う前に、...

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明けない夜の向こう側 第三章 13

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教授は通話中だった。部屋を出て行こうとすると、興奮した面持ちで、その場に居ろと手で合図を送ってくるので、扉を閉めて待った。会話は早口の英語ですべてを聞き取りできなかったが、どうやら新しい薬の話をしているのだろうと理解できる。「鳴澤君。クリーブランドから朗報だ」「ユタ大学ですか?」「そうだよ」印南教授は誰かとの電話を終えると、喜色満面で櫂の方に向き直り、興奮の面持ちで両腕を取った。過去に留学していた...

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明けない夜の向こう側 第三章 14

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数カ月後、待ちに待った新薬が日本へ届けられた。日本医師会が、腎臓移植経験のある医師が所属する総合病院の中から、条件を絞って候補を選抜し、臨床試験が行われることになった。臨床試験は、動物実験で十分な研究を重ねた上で、患者を選別し術後に新薬投与を行うものだが、移植を待っている患者は多く、使われる腎臓は、死体腎、生体腎共に十分とは言えなかった。華桜陰大学では、郁人が生体腎手術後に投薬される最初の患者とな...

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明けない夜の向こう側 第三章 15

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鳴澤は手術室の前に置かれた長椅子に座り、表示灯を見つめていた。「郁人……」手術中……赤いその灯を見つめていると、東京大空襲の炎が瞼の裏で揺らめいた。天上まで昇る赤龍が、地上を嘗め尽くし見渡す限り火の粉を降らせる。誰もかれも、空を仰ぎ見て絶望に慟哭した。まだ深川が戦禍に遭っていないころ、鳴澤は美代吉という芸者を愛人として囲っていた。本名を吉永美代子と言った。出会った頃、本妻は線が細く、生まれた子供も身体...

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