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Archive: 2017年09月  1/2

明けない夜の向こう側 8

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翌日、県知事の前に立った櫂の挨拶は完ぺきだった。「県知事閣下。本日はご多忙の中、お時間を作ってご訪問してくださり、ありがとうございます」県知事は黒い礼帽の端を抑えて、ふっと笑んだ。「君が新堂櫂くんか。話には聞いているよ。とても優秀だそうだね。先生方と話があるから、呼ぶまで少し向こうに行っていなさい」「はい。失礼します」県知事はその後、施設長の慇懃な挨拶を受けた。「新堂櫂をはじめ、施設の子供たちが優...

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明けない夜の向こう側 9

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泣きたくなるような幸せな夢を見た後は、苦しくなるほどの悲しみが胸を締め付ける。だから、櫂はいつしか幸せを夢見ることを諦めた。夢を見ながら、これは幻だと自分に言い聞かせた。こんなことが起きるはずはないこれは夢だしばらく目を瞑っていると、きっと誰かが櫂の脇腹をつついてこういうのだ。『早く目を覚ましなさい いつまで、夢を見ているんだ』……と。呆然とした櫂は、強張った顔を向けた。「……なんで今頃……?」父親だと...

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明けない夜の向こう側 10

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櫂は陸の父親に向かって、頭を下げた。「陸を連れてきます。待っていてください」「ありがとう」校長室を後にして、櫂は陸の教室に足を運んだ。陸にとって、これ以上に喜ばしいことはない。施設の暮らしも、今は最初の頃より改善されていたが、不自由なことも多い。例え陸と別れても、どこかで陸が幸せでいてくれたなら、それでいい。身寄りのない陸が、家族と一緒に暮らす夢を、見ないはずはないのだから。櫂は自分にそう言い聞か...

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明けない夜の向こう側 11

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父親が現れたというのに、陸は余り嬉しそうではなかった。付いてきたものの櫂の背中に隠れるようにして、一つ頭を下げたきり黙りこくっていた。「陸くん。どうしたんだい?恥ずかしいのかな。お父さんにご挨拶しないのかい?」「陸?」背中に張り付いた陸を引きはがして、櫂は顔を覗き込んだ。本心ではない綺麗ごとが、すらすらと滑り、口をついた。「おれは、陸に父ちゃんがいて、本当によかったって思うよ。陸も、いつか誰かが迎...

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明けない夜の向こう側 12

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零れ落ちる話から推測すると、陸の父親は大層な金持ちらしく、施設長にも沢山の寄付を申し出たという事だった。「これまでの陸にくださった、たくさんの愛情に比べたら、この程度の金などはした金です。何ほどのものでもありません。今後も継続して、この施設を援助したいと思っています。受け取っていただけるでしょうか」「ありがとうございます。正直言って、助かります。まだまだ国や県からの助成金には期待できませんから。子...

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明けない夜の向こう側 13

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櫂も珍しく饒舌に話をした。「先生は坊主のくせして、地獄に落ちてもいいから、生き延びろっていつも言うんだ。後悔などいつでもできる。生まれた以上、生きることが大切なんだって。今は誰も逃げたりしないけど、ここから誰かが逃げるたびに、先生はとにかく生きていてくれって本気で願っていた。……おれも陸も上野では毎日、転がった死体をたくさん見て来たよ。始末が追い付かないって、兵隊さんが言ってた。だから、陸はあまり話...

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明けない夜の向こう側 14

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翌日、施設長が陸の出所を告げた。家族と一緒に暮らすために、陸は今日、施設を出てゆく。身の回りのものだけを風呂敷に包んで、陸は何も言わずに見送る子供たちに頭を下げ、車に向かった。そこに櫂の姿はない。別れは部屋で済ませていた。「陸、いい子にして、父ちゃんに可愛がって貰えよ。それと、何でも必死でやれよ。誰にも負けるな。約束だぞ」「……にいちゃが見てないと、おれさぼるかもしれないよ」「陸はさぼったりしない」...

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明けない夜の向こう側 第二章 1

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戦後、上野で出会った御堂櫂、吉永陸の二人は、揃って陸の父親、鳴澤征太郎に引き取られ、鳴澤姓を名乗ることになった。陸の父親は、多忙なため、早々に二人を笹崎に預けると仕事に戻った。初めて、父親の屋敷に足を踏み入れた二人は、敷地の広さに圧倒され、内心すっかり怖気づいていた。鉄の門をくぐってから、車寄せのある大きな玄関に着くまで車はしばらく走り、ここまで広大な屋敷を想像していなかった二人は驚くばかりだった...

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明けない夜の向こう側 第二章 2

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前時代的な着物の中に埋まるようにして、少女は顔を上げた。「うふふっ……滑っちゃった」「郁人さま……おいたが過ぎます。お熱が出たらどうなさいます。苦いお薬を飲ませてくださいって、望月先生にお願いしますよ」胸を撫でおろした世話係の袖をつかんで、郁人は涙ぐんだ。「いや、いや。ばあやの意地悪……くっすん……」櫂は少女の愛らしさに、すっかり目を奪われていた。今まで生きて来て、これほど美しい子供に会ったことはない。施...

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明けない夜の向こう側 第二章 3

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借りて来た猫のように、二人は並んで腰を下ろした。「……郁人さまの事をお聞きになられたんですか?驚いたでしょう?」「あ、はい」笹崎は二人の手の中に、甘い紅茶の入ったカップを持たせた。「郁人さまには、姉上がいらっしゃいましてね。由美子さまとおっしゃって、とても気立ての良い利発な方でした」「ほかにもまだ姉妹がいたのか」「ええ、そうですよ」「初めて聞くことばかりだ……」「そうですねぇ。今生きていらしたら、由美...

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