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Archive: 2016年12月  1/6

波濤を越えて 第二章 13

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正樹はその足で終業時間間近の勤務先に向かい、同僚に入院する旨を告げた。「そうか。残念だな。もう少しで正規職員だったのに」「色々と目をかけていただいたのに、すみません。月が替わったら、しばらく入院することになりそうです」「まあ、君はまだ若い。体をしっかり治してもう一度頑張ることだよ。復帰を待っているから」「はい……ありがとうございます。色々とお世話になりました。とても有意義な毎日でした」休暇願いはひと...

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波濤を越えて 第二章 14

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月が変わって、正樹は白い病室の住人になった。入院生活は長引きそうだったが、両親の助けもあり、お金の心配だけはしなくてもよくなったので、正直心は軽かった。外出許可をもらって、田神の結婚式にも顔を出した。パネルに貼った二人の似顔絵を、結婚式場に預けてあった。検査のたびに体力は削られてゆき、ますます色は白くなってゆく。鏡を見るたびに、憂鬱になる。元々、頑健とは言い難かったが、ベッドに張り付けられているせ...

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波濤を越えて 第二章 15

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楽しい時間の後ほど、独りになると寂しさは募る。宴席から大部屋の入り口の自分のベッドに戻った正樹は、静かに病院の借り物のパジャマに着替えた。同室の患者たちは、すでに就寝しているようで、寝息だけが聞こえてくる。明日は手術だったが、誰にも告げていなかった。誰にも言わずに、明日を迎えると決めていた。「相良さん。体調はいかがですか?」朝方、覗いた担当看護師の問いかけに、変わりはないですと答えた。医師の説明も...

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波濤を越えて 第二章 16

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仕事帰りに、毎日友人の田神が顔を出してくれたが、新婚なんだから早く家に帰れと、正樹は背中を向けた。背後から田神が食い下がって声をかける。「正樹……。ちゃんと飯は食っているのか?」「食べてるよ。心配性だなぁ」「……なら、いいけど」こみ上げる吐き気で、食事はなかなか喉を通ってくれなかった。「そうだ。田神。聞きたいことがあるんだけど……」思いついたように、正樹が体の向きを変えた。「何?」「田神の学校の美術室に...

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波濤を越えて 第二章 17

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もしも自分が正樹の立場だったら、足元の地面が崩れ落ちてゆくような恐怖に耐えられるだろうか。削り取られるように、一つずつ大切なものがどこかに失われてゆく。「昔から、僕は田神に助けてもらってばかりだった。田神がいなかったら、きっとずいぶん前に僕はこの世からいなくなっていたと思う。僕は強くないから……僕が……両親を裏切ってしまった負い目を抱えながらも、何とか生きてこれたのは、田神のおかげだよ。いつだって、田...

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波濤を越えて 第二章 18

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もう何年も会っていなかった父は、白髪が増えずいぶん年を取ったように見えた。「院長に、転院させるよう話をして来た」「え……っ?」「大学病院に専門医がいるそうだ。義兄さんが便宜を図ってくれたから、明日にでも移れるように支度をしておきなさい。朝のうちに、迎えを寄越すから」有無を言わさない強い口調に、思わず口ごもる。「あの……まだ住んでいたアパートも片付いていないんだ。それに、いずれ転院は必要だけど、病院は主...

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波濤を越えて 第二章 19

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正樹は小さくため息をつき、田神に困ったような顔を向けた。「ごめんね、田神。父が失礼なことを言って……何年たっても、あの人は相変わらずだ」「気にしてないよ。正樹が謝ることなんてない。多少ずれているところはあるけど、親父さんなりに心配しているのは、俺にだってわかる」「そうだね。父の横暴さには辟易してきたけど、離れてみるとそうやって頑なに生きるしかなかったのかなって思うよ。会社人間だから、常識の枠を外れる...

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波濤を越えて 第二章 20

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日曜日。田神は正樹の部屋を片付けて、自分の勤務先へマルスの胸像を運ぶ手はずを整えた。本当のところ、小学校の美術室にはデッサン用の胸像は必要なかったが、処分しかねている話をすると二つ返事で引き受けてくれた。正樹は名残惜しそうに、最後にマルスを抱きしめた。「ずっと最後まで一緒に居たかったんだけど、お別れだね……さよなら。これまでありがとう……」小さくつぶやいた言葉は田神の耳には届かなかったが、マルスには届...

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波濤を越えて 第二章 21

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逢いたくて、逢いたくて、たまらなかった。……だけど、負担をかけてしまうとわかり切っているから、もう二度と逢わないと決めた最愛の人。「……どう……して?」やっと紡いだ言葉は、それ以上零れ落ちることはなかった。毎日、夢にまで見た恋人が、変わらぬ笑顔を湛えてそこにいた。厚い胸に抱きしめられて、呆然とした正樹は現実を受け止められないでいた。ただ、温かい涙だけは静かに青ざめた頬を転がってゆく。「正樹……可愛い正樹。...

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波濤を越えて 第二章 22

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コンビニで買って来た飲み物を並べて車座になり、これまでのことを三人で話をした。フリッツが、ギリシャの不良債権を殆どうまく回収できたと聞いて、正樹は自分の事のように喜んだ。「すぐに手を打ったのが良かったんだね、きっと。本当に良かった。叔父さんの会社は大丈夫だったんだね?」「大丈夫。それに、日本でも取り扱いをしてくれる店が、何軒か増えました。だから、これからもっと沢山の作品を作るつもりです」「そう……フ...

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