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Archive: 2016年10月  1/3

新しいお話「波濤を越えて」始めます

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新しいお話は「波濤(はとう)を越えて」というタイトルです。後書きに書きました通り、Caféアヴェク・トワシリーズの相良直の従兄、相良正樹のお話です。正樹は物心つく前、自分の性癖に気づき、懸命に周囲に隠して生きてきました。親友の田神は気づいていたようですが、正樹が傷つくのを恐れ、あえて口にはしませんでした。学芸員になるのを夢見て、独り美術室でデッサンに励む正樹を、ある日上級生が見かけます。正樹は石膏像に...

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波濤を越えて 1

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殆ど訪れる者のない午後の美術館だった。退屈な静かな時間に、「ふわぁ……」と出てくるあくびをかみ殺す。相良正樹はその時、短期のバイトで美術館にいた。 本当は学芸員として美術館に入りたかったのだが、空きがなく、派遣職員として働いている。政界にも顔のきく叔父のコネを使えば、おそらく容易に就職できただろうが、そうしたくはなかった。資格を取っても学芸員として働くのは何年先になるかもしれないが、いつかは好きなこ...

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波濤を越えて 2

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仕事場を出た頃、見計らったように電話が鳴った。「はい」「俺。もう仕事終わりだろう?飯でも食いに行こう」「そうだね。じゃあ、いつもの場所で良いかな?」親友の田神からだった。高校生のころ色々な事があって、深く傷付いた正樹を心底気遣ってくれた数少ない友人だった。大学を卒業してから田舎に帰ってきた田神は、こうして時々声をかけてくれる。結局行きつけの居酒屋で食事をすることになった。「正樹、こっち」奥のいつも...

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波濤を越えて 3

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正樹が同性にしか興味を持てないと自覚したのは、思春期前だった。色気づき始めた同級生が、互いに好きな子を報告しあう放課後、正樹は順番が来ても名前を言えなかった。「え~っ。まあちゃんってば、好きな奴いねぇの?」「うん」「なんで~?結構うちのクラス、可愛い子いるじゃん。利沙ちゃんとか、麻里ちゃんとか、利沙ちゃんとか」「あ~。お前、自分の好きな子の名の名前、二回言った~」「大事なことは二回言うんだよ」「あ...

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波濤を越えて 4

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正樹は高校生になっていた。仲の良かった友人達とは、残念ながら進学先が分かれていた。友人の中で唯一、田神と共に進んだ進学校で、放課後、正樹は変わらず美術室にいた。絵の好きな正樹の夢は、中学のころと変わらなかった。美術大学へ進学し、いつか学芸員の資格を取って生計を立てたいと考えていた。その日は、職員会議が長引いているようで、いつもデッサンを指導してくれる美術教師の姿はなかった。美術教室には、熱心な教師...

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波濤を越えて 5

そこにいたのは、腕組みをした上級生だった。半身を乗り出して、口角を片方だけ上げて笑った。「知らなかった……君って、そういう趣味があったんだ」全校生徒の信頼あつい冷静沈着な生徒会長がそこにいた。しかも理系文系合わせて成績も常にトップクラスという、絵に描いたように華やかな柳瀬という上級生は、正樹には苦手なタイプだ。壇上にいるのを見かけることはあっても、言葉を交わしたこともなかったし、話しかけようと思った...

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波濤を越えて 6

「何を言ってるの……できない……そんなこと」「美術室で胸像のマルス相手に、オナっていたくせに俺にはキスできないの?」「……してないっ、そんなこと」「声を掛けなかったら、君はキスをしながら、恍惚とセクスを扱いていたに違いないよ。そうだなぁ……床には、白い精液の溜まりができていて、俺はとても驚きました。言わないでおこうかと思ったのだけど、秘密を一人で抱えるのは辛いんです……って担任に切りだしたら、きっと驚くだろ...

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波濤を越えて 7

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田神が野球部の練習を終え、正樹を迎えに美術室に寄ったとき、部屋から出てきた柳瀨とすれ違った。「一年生……?ああ、相良を迎えに来たの?」「そうですけど……?」「ちょうどよかった。貧血みたいなんで、誰かを呼びに行こうとしていたんだ」「正樹……?」「たまたま通りかかったら、真っ青になってうずくまっていてね。こういう事は、よくあるのかな?」「田……神……」血の気をなくした正樹が、のろのろと田神の傍に歩み寄ろうとして...

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波濤を越えて 8

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今にして思えば、些細な事だった。美術室で石膏像にふざけてキスをしたのを、上級生に見られただけだ。最後まで、冗談として押し通すこともできたはずだった。だが正樹には、できなかった。その行為の裏に隠された自身の暗い性を、柳瀨に暴かれた気がしていた。耳朶に囁く様に突き付けられた脅しの言葉は、誰もいない美術室で、正樹がいつかこっそり行った行為だったからだ。もしかすると、本当にどこかで見られていたのかもしれな...

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波濤を越えて 9

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柳瀨の行為自体は稚拙なもので、正樹の身体が傷つけられるようなことはなかった。後にして思えば柳瀨もまだ未熟な少年で、大人びた言動ほど成熟していなかったということなのだろう。女性との性行為を経験していても、男性と身体をつなぐ方法を知らなかったのかもしれない。だが、柳瀨は新しい玩具に執拗に夢中になる子供と同じで、なかなか正樹を手放そうとしなかった。柳瀨は苦痛に歪む正樹を、微笑みながら言葉で苛んだ。正樹の...

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