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Archive: 2015年04月  1/3

終(つい)の花 1

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小高い山の上にある神社の石段を、駆けてゆく小さな影が有った。忙しなく息を切らせて登ってゆく。「どうか叔母上に、丈夫なやや(子供)が生まれますように。」小さな両手を合わせてそう呟くと、ガラガラと鈴を鳴らして小石を一つ置いた。どうやら願掛けをしているらしい。往復するたび、足元に並べる小石が増えてゆく。まだ前髪の少年の名は、相馬直正(そうまなおまさ)。まだ寺子屋に通う前で6歳になったばかりである。「どう...

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終(つい)の花 2

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それからしばらくして、叔母は大変な難産の末、玉のような男児を産んだ。「おめでとうございます。ご立派な若さまでございますよ。」汗だくの産婆が告げると、待ちかねていた夫、舅は躍り上がって喜んだ。「でかした!嫡男をあげたか!」直ぐに隣りの直正の家にも、使いが走った。「父上。ついに、お爺さまになられましたな。これに安堵していっそ楽隠居なさいませ。」「何を言う。大事な跡取りの教育を、お前なぞに任せられるか。...

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終(つい)の花 3

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母は縁側で繕い物をしていた。人の気配に、ふっと顔を上げる。「まあ。直正は遊び疲れて、旦那さまの背中で眠ってしまったのですか?」「うん。歩きながら舟をこぐのでおぶってやったんだ。布団を敷いてやってくれ。手慰みに作った竹とんぼを、ずいぶん気に入ったようでな。何度も飛ばしてくれとねだられたよ。」「そんな風にお優しいから、直正は父上が一番好きなのですね。ほら、直正。いらっしゃい。」母はずっしりと重い直正を...

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終(つい)の花 4

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翌月、藩政見習いの為、松平容保は初めて会津入りしている。直正の父と濱田家の叔父は、身支度を整え、家(か)中総出で行われる追鳥狩へと出発した。追鳥狩とは、会津藩伝統の長沼流にのっとった作法で行われる、実際の戦さながらの大がかりな軍事演習のことである。夕方4時から具足に身を固めた藩士が二手に分かれ、鶴ヶ城の追手門(表門)と搦手門(裏門)から出発する。先陣が大野ケ原に到着すると合図の狼煙を上げ、これを滝...

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終(つい)の花 5

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気付けば直正は、決して入ってはいけないと言われた大野ヶ原に踏み込んでいた。「追鳥狩を知らせる法螺貝の音じゃ。どうしよう……決して入ってはいけないと言われていたのに。」身震いしながら小さく身をかがめて、やり過ごすしかないと思ったその時、雉が音を立てて藪から走り出た。大きな羽音と、パン……!と響く銃の音に、直正は耳を覆った。どさりと音を立てて、大きな雉が上空から落ちてきたのに驚いてしまう。「容保さま、お見...

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終(つい)の花 6

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群青色の陣羽織の銀糸が、端正な貴公子が立ち上がると、きらと眩く陽を弾く。「頼母が言うのももっともだが、童にも何か仔細が有ったのではないか?話くらい聞いてやれ。」「はっ。直正。若殿さまの思し召しじゃ。嘘偽りなく正直に言うてみよ。何しにここへ参った?父や叔父も参加する追鳥狩を、物見気分で覗き見に参ったか?」「違います……決してそのような気持ちで来たのではありませぬ。」直正は濡れた顔を上げ、ふるふると小首...

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終(つい)の花 7

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「叔母上!ただいま帰りました。」追鳥狩のお狩場から、息を切らせて直正が運んできた季節外れのセリに、叔母は驚いていた。「まあ。こんなにたくさん。直さま、一体どこで捜して来たのですか……。」「そんなことよりも早く、一衛にしぼり汁を飲ませてやってください。」「はい。」叔母は直ぐに台所へ走り、一衛の為の薬をこしらえた。「一衛。もう少しの辛抱だよ。母上がお薬を作ってくれたら、直ぐに楽になるからね。」直正はひゅ...

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終(つい)の花 8

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直正はその時の言葉通り、それから後の日々、文武共に懸命に励んだ。いつか容保の傍に出仕したい一心で、藩校日新館でも飛び級で上へと進み、何度も褒章を受けた。自慢の息子に、父は目を細めた。成績優秀者の中から選ばれて江戸遊学も決まったが、直正は熟慮の末、京都守護職を引き受ける事になった藩主と京へ同道する道を選ぶ。京では推挙されて異例の鉄砲隊の隊長に選ばれ、藩主警護の任に付いている。帝に望まれて催した天覧馬...

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終(つい)の花 9

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直正は、武道場で汗を流していた。友人が数人、顔色を変えて雪崩れ込む。「直さん、大変だ。一衛が泣いている。」「一衛が?どこで?」「橋の上だ。台風のせいで水かさが増しているから、子供達は川の方へは行かないようにと言われていただろう?」「ああ。それなのに何故一衛が?」「川沿いの畑で、仲間と遊んでいたらしいんだ。それで飛ばしていた竹とんぼが、鶴沼川に落ちたらしい。遊んでいた子たちが知らせに来たんだ。」「落...

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終(つい)の花 10

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「一衛!」名を呼べば、橋の上で固まっていた一衛は、ちらとこちらを向いた。戻した視線は水面に注がれていた。「そこにじっとしておいで。いいね。怖くとも、わたしが行くまで決して立ち上がってはいけないよ。」「直さま……直さまが作ってくださった……竹とんぼが、あそこに。」「ん?竹とんぼ?怖くて足がすくんだのではなかったのか。」細い橋の上から、一衛は渦の中でくるくる回るおもちゃを指さした。「ああ、落してしまったの...

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