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Archive: 2011年12月  1/3

淡雪の如く 28

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階下からだみ声の合唱が聞こえてきた。当時の旧制高校で寮歌と共に広く歌われていたデカンショ節である。『淡雪がちらちら武蔵の宿に アヨイヨイ猪がとびこむ牡丹鍋 ヨーオイ ヨーオイ デッカンショ…』『桜並木の華桜陰の塾で アヨイヨイ文武鍛えし美少年 ヨーオイ ヨーオイ デッカンショ…』……「まずいな。来たか…?市太郎?」「敵はおそらく数名。こちらの人数は割れているから気を付けろよ。詩音と大久保は奥の部屋に隠...

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淡雪の如く 29

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間もなく夏季休暇になろうとしていた。林間学校に行く者もいたが、良太郎は許婚の小夜が東京に出てくるといって、慌しく帰省の準備をしていた。「気立ての良いとても朗らかな娘なんだよ。いつかきっと君に紹介する。あ~、時間があれば、皆に会わせたいんだがな。」浮かれてないでさっさと迎えに行って、牛鍋でもご馳走してやるといいと市太郎が部屋から追い出した。少しの本と着物を抱えて、他の寮生への挨拶もそこそこに良太郎は...

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淡雪の如く 30

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是道が出て行ったのを確認して、良太郎はため息をついた。「国許で何かがあったのだな……。まるで、入寮当初のように頑なな主従に戻ってしまったじゃないか、二人とも。」「むしろ、前よりひどいかな。やっと寮生活にも慣れたと思ったのに、面倒だねぇ。」これまで一年余り、何とか折り合いをつけながら上手くやってきたのにな……と思うと、良太郎はその原因が気になった。決して自ら話そうとしない二人からは、聞き出すのも骨が折れ...

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淡雪の如く 31

「詩音!詩音、しっかりしろ。大丈夫か?」倒れた是道に言葉もかけず、良太郎はその場にしゃがみ込んだ詩音の震える両の手の羽虫をその場に移すと、腰の手ぬぐいでそっと手を払ってやった。声も出せないで、詩音はただ小刻みに震えていた。天を見つめて転がったままの是道の、空ろに開かれた瞳に写っているのは、夕暮れの空で自由に恋をする紋白蝶の乱舞だ。「行こう……。詩音はもう少し休んでいた方が良い。」詩音の肩を抱いた良太...

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淡雪の如く 32

良太郎は当て付けるように、ことさら是道の目の前で大人げなく従者の詩音を大切に扱った。是道は視線さえも寄越さなかった。是道にぞんざいに扱われ、階段からもんどりうって転がり落ちた傷心の白鶴の話は、寮生の間にも知れ渡っていた。「ほら、詩音。しっかり飯を食え。まずは、食力(くいりき)というからな。」「沢庵を食うか?それとも野沢菜の方がいいか?」自分でしますから、お構いなく……という白鶴の面倒は誰もが見たがり...

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淡雪の如く 33

「大久保!待たないか!」「……こんな多くの人目がある中で、脱げとおっしゃるのですか?」「上着を脱いで、シャツの袖口を見せろと言っているだけだ。」「あなたの恋人になった覚えはありませんから、そういう悪趣味なお誘いはお断りです。」「まったく……相も変わらず、気に障る減らず口を叩くやつだな。」苛々としながら良太郎は腕を掴み、後手にねじ上げた。「あぅっ……!」「佐藤さま!乱暴はおやめください。」周囲は、ただ静観し...

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淡雪の如く 34

けなげなモンシロチョウが葉裏で眠る中、同じくけなげな従者が秘密を持って月の中で良太郎を待つ。哀しげに目元を潤ませた詩音が、思いつめたように良太郎に秘密を告げる。西洋ランプの二分芯の明かり(蝋燭二本分の明るさ)が白い顔だけを白木蓮の花のように浮かび上がらせていた。「佐藤さま。ご心配をおかけして申し訳ございません。このような所にまでおよび立て致しまして。」「いいよ。どんな話か分からないから、市太郎にも内密...

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淡雪の如く 35

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腕の中で自分を見上げた哀しげな顔に、つと胸を突かれた。「詩音……。」一瞬、血が騒いだ感情の名前を、良太郎はまだ知らない。溢れる涙で、詩音の瞳はまるで黒曜石さながらの艶を持っている。清楚な白鶴は細い首を倒し、胸の前で腕を組み猟師の審判を待っていた。良太郎は無意識に顎を持ち上げると、そっと自然に口を吸った。身じろぐ詩音の薄い桜貝をこじ開けて、怯えて逃げる桃色の斧足を吸い上げた。驚きの余り、詩音の目がます...

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淡雪の如く 36

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いちばん最初は、紅い這子人形がきっかけだったという。「這子人形?と言うと、あの赤子の厄落としに持たせるあれか?」「はい。実母の菊さまが、若さまがお屋敷を抜け出して会いに行った折に、あまりに不憫でそっとお渡したというお人形です。」「その人形が?」「それは大久保の家で暮らす若さまには、たった一つのお慰めでした。知り合った幼い頃に、詩音にだけ見せてあげる。大切な宝物なのとおっしゃいました。雨に当たっても...

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淡雪の如く 37

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是道は怖気づいた。絵草子の鬼の絵にそっくりの兄上が、自分を手招きする。酒呑童子のように頭からぱくりと自分を食べてしまいそうで怖かった。「い、や。いや。いやです、お兄さま。是道はお傍には参れません。どうか、お許しください。お、お人形をお返しください。」「にんぎょう……。」髪をふり乱した若い鬼が、是道の大切な這う子を摘み上げ頭をもいだ。「あっ!お人形が……!」酒天童子を退治した渡辺綱は、是道の傍にはいなか...

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