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Category: びいどろ時舟  1/2

びいどろ時舟 作品概要

未来世界の住人×花街で働く少年   時代物タイムトリップ 丸山は、江戸の吉原、京の島原と並び日本三大花街「三場所」のひとつに数えられた遊郭である。長崎丸山花街に、妓楼「水月楼」はある。丸山一の廓「水月」抱えの睡蓮花魁は、阿蘭陀の紅毛人と恋をして、命が危うくなるほどの難産の末、子どもを二人産んだ。二人は、母の元ですくすくと大きくなってゆく。花街で生まれた、娼妓の子供は花街からは出られない定めだった。自分...

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びいどろ時舟 1

「江戸の気風に京都の技量、長崎の衣装で三拍子揃う」流行り歌にも唄われた、絢爛な衣装だけを表から眺めていると、世俗の持つ廓の悲しい印象からは多少外れているようにも思う花街だった。だが、廓全体を眺めてみると塀や石垣で周囲をぐるりと囲まれていて、閉ざされた場所なのには変わりなかった。長崎丸山は他の遊郭と違って、鎖国の日本にあって、唯一外国人の出入りが許された限られた場所だ。長崎の町民や、海外貿易を行う上...

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びいどろ時舟 2

母が亡くなってからは、それまで住んでいた狭い部屋も、あっさり取り上げられた。千歳と鏡は、離れて暮らすことになった。皮膚の薄い子どもの指を酷いあかぎれにしながら、姉さんと呼ぶ遊女の腰巻や汚れ物を山ほど洗濯するのが見習い男衆、鏡の日課になった。風呂の薪を割り、下足番をし、男衆に思いつきでこづかれ、たまには乱暴に殴られた。鏡の身体に、いつもどこかしこに痣が付いていた。朝から晩まで、鏡はさまざまな雑用を押...

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びいどろ時舟 3

目もとにも紫色の痣をこしらえてうつむく鏡の、禿(かむろ)に揃えられた髪の色と瞳は珍しい明るい鳶色をしている。よく見れば、丸山一と言われる今をときめく花形花魁、千歳太夫と同じものだ。父に似た肌は蒼白と言っていいほど真白になり、床に付いた指先は、意思に反してふるふると小刻みに震えていた。煙草盆にいらいらと長煙管を打ち付けたら、鏡の背中がぴくりと怖じた。置屋のおかみは垢じみて小汚い身形(みなり)をした、...

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びいどろ時舟 4

「忘八」という二つ名を持つ女将のつま先を、ぽたぽたと涙を零しながら、鏡はじっと見つめていた。時々締め付けるように胸が痛くなり、引きつるような咳が出るのは、もういけなくなった姉さん達の吐く瘴気を、長い間吸ってきたからかもしれないと鏡は思う。肺をやられて血を吐く姉さんたちの息は、真夏の生臭い魚の腐った内臓の匂いがした。うっかり吸い込むと、肺の奥の深い所にまで届いて、そこから少しずつ腐っていくような気が...

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びいどろ時舟 5

両脇を抱えられるようにして、鏡は風呂場にずるずると引き摺られて行く。必死に抗う鏡を認めて、仕事前の支度で忙しい遊女達は、そっと見ぬ振りをして襖を閉めた。ここではそうして皆、降りかかる火の粉を避けて、自分だけの人生を生きている。自分の側に波風は立てない。それが一番賢い処世術だと、遊女たちは皆知っていた。「おや。千歳太夫は、これからお支度ですか?」新参の髪結いが、簪を挿しながら遊女の耳元にそっと問う。...

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びいどろ時舟 6

湯を使うと芯から汚れが落ちて、綺麗に磨かれたその顔は、女将も驚く千歳花魁と同じものだ。「驚いたよ。やっぱり、姉弟だねぇ、芋版で刷ったように、瓜二つじゃないかえ・・・。ほら、よっく見せて御覽。」よくよく眺めると、千歳よりはどこかやはり幼い顔のようだが、阿蘭陀人には区別は付かないだろうと思う。「こうなると・・・。こう見目の良いのを見ちまうと、みすみす毛唐にくれてやるのは、惜しい気もするねぇ・・・」 髪...

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びいどろ時舟 7

茶を持って来た女将に気がついた髪結いは、鏡からすっと離れると、部屋の外で女将の耳元に、何やら長いこと話し込んだ。深刻そうな顔をしていた女将が、頷きながら「ああ。その手が・・・」と、言うなりぽんと手を打つ。べっ甲簪を挿し、赤い帯枕を付けて、大きく裾前を開けて着付け、まな板帯を垂らす。重ねて打掛を羽織れば、鏡はどこからどう見ても水月楼の当代一の美貌を誇る千歳花魁にしか見えないだろう。「これが、あし・・...

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びいどろ時舟 8

どうやら、商人はまだこの部屋に到着していないようだった。鏡は命拾いをしたような気がして、ほっと息を吐く。誰にも話したことはないが、鏡の胸の奥にはカピタン(阿蘭陀商館長)との約束があった。先代の、阿蘭陀商館長から話を聞いていたのか、今のカピタンは、時々使いをよこして鏡を呼びつけた。高い鷲鼻は、御伽草子のお天狗様のようで、怖くてまともには顔が見れなかった。高下駄を履いて木々の上に哄笑を響かせながら飛ん...

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びいどろ時舟 9

毛むくじゃらの腕が、鏡の前に垂らした帯に伸びる。掴もうとして、手が滑ったらしい。着慣れぬ内掛けの裾を踏まれて、鏡が寝台に倒れこんだ上に武器商人がどっと倒れこんでくる。「ひぃっ・・・」逃げ惑う鏡の、帯を解き中着を抜いて、忙しなく思いを遂げようとした紫蘇色の斑点だらけの腕が、どんと、肩口に落ちた。押しのける細い手をかいくぐって、洋袴の前立てを開けた阿蘭陀人の体が、積年の想いを遂げようと、胸の上に重石の...

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びいどろ時舟 10

深く考えず、鏡は羽音を立てるかめの中に、身を滑らせた。びりびりと震えるびいどろ(硝子)でできたかめは、鏡の想像もつかない時船と呼ばれるものだった。時船とは、文字通り時間の中を航行する船だ。過去と未来を自在に行き来する学者の手で、鏡は思いがけず未来へと跳ぶことになる。*******そこは、甍(いらか)の並ぶ丸山の花街とも煉瓦造りの阿蘭陀屋敷とも違い、銀色の輝く高い建物が林立する見たこともない異世界だっ...

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びいどろ時舟 11

シンから短い説明のような言い訳を聞いて、セマノは理解したと言うか、渋々納得したようだった。仏頂面は変わらない。「つまり・・・この子は、花魁である実姉の代わりに、身を売る羽目になったということですね。余りに、可哀想な身の上だったので、つい同情してしまったと・・・?」シンはそうそう・・・と、軽くうなずいた。「で、寺に葬られた引き取り手のない遺体を送るはずの移送装置に、生身の人間を放り込んでこの時代に送...

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びいどろ時舟 12

「かぴたんさんっ、かぴたんさんっ・・・!あしは、あん人ば、殺めるつもりはなかったととばい!・・・信じてくれんね・・・信じてくれんねっ!?」必死に縋る鏡に、セマノは困惑の表情を向ける。「・・・この言語は、シン?訛り・・・方言・・・?良く、わからないんだけど。」鏡を抱き上げて、腕のログを眺めていたセマノがシンに問う。「データ不足で翻訳に時間のかかる言語だな。直訳しろ、シン。」了解したと、シンは手を上げ...

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びいどろ時舟 13

セマノは、鏡に痛々しそうな眼差しを向けた。「まだ、ほんの子どもじゃないか。可哀そうに。」「そういう場所に生まれたのさ。生きるのに骨が折れる選択肢の少ない時代だから、仕方がない。」「栄養状態が、ひどいな。経口摂取はできているのか?」「少量。しかもこの子は、まだ運よく有りついているほうだと思うよ。売れっ子の姉のおかげでね。」「運がいいほうで、こうなのか・・・栄養失調で湿疹が出ている。この子の姉も娼婦な...

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びいどろ時舟 14

彷徨う手をシンは掴んだ。「この子が産まれて、すぐサンプルに決まってから、ぼくは管理者としてずっと眺めてきた。それは、君も知っているだろう?だけど、母親の死後、こんな風に泣くのを見たのは初めてかもしれないな。」「セマノ。花街で生まれた、男の子はみんな「あきらめる」事を、一番最初に覚えるんだ。」「あきらめる?」「そうだよ。誰かに縋るのを、あきらめる。期待するのをあきらめる。外の世界にでるのをあきらめる...

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びいどろ時舟 15

高く澄んだ青い空に、シンがすることがなくて退屈な鏡のために、虹を投影させていた。ドームを覆ったスクリーンに、七色の錦の巨大な帯が現れて、天空に光の粉を撒き散らすように鮮やかに舞った。赤気(せっき)とも呼ぶ、オーロラの存在を南の地に住む鏡が知る訳もなかった。美しい光の帯を見つめる大きな瞳は見開かれて、驚きであんぐりと口が開く。理解しづらいと言うので、設定しなおされたログは、鏡の長崎言葉を変換させたもの...

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びいどろ時舟 16

鏡は、セマノに信じ切った瞳を向けた。「あのねぇ、かぴたんさん。こん空にお天道様が見えんとは、なしてやろう・・・?」余り受けていない教育のせいか、語彙も少なく幼く見えるが、どうやら鏡は感受性の強い利発な子どものようだった。腕にはめたログで、この世界の時間を知るのもすぐに覚えた。「真ん中が九つ時で、午の刻ならお天道様は、頭の上やろう?」「ああ、賢いな鏡。でも、ここは長崎ではないから、お天道様も形が違う...

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びいどろ時舟 17

シンは、目の前で起きた事故で、愛する家族を全てを失った。狂ってしまえれば楽になれたかもしれないが、それほど弱くはなかった。孤独な未来に絶望し、医療センターで死んだようになって、壁を見つめて暮らしていたシンの所に、ある日政府から時舟の乗組員にならないかとの要請が来た。周囲のどんな囁きにも耳を貸さない閉じた心を持ったものだけが、感情に左右されることなく、いびつな心のまま時舟を運行できるのだ。まともな者...

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びいどろ時舟 18

セマノは鏡の手のひらに、ぽんと丸い握り飯を乗せてやった。「・・・お飯(まんま)だっ!」驚いた鏡が、歓声を上げた。「かぴたんさんは、すごかぁ、手妻(手品)が使ゆっの?」食堂から昼食が届いただけだったのだが、まるで空中から湧いて出たと思ったようだ。錠剤だけでは味気ないので、セマノはたまにこういう食事もとる。「ああ、湯気ももったいなか・・・白かお飯、吉しゃんも、ここでおあがり。」吉という名前が、いずれ手に...

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びいどろ時舟 19

息を詰めたセマノが、そっと隱された引き出しから何かを手に取り、思いつめた顔で蒼白の鏡を見つめ傍に寄る。忙しなく短い息が、倒れ込んだ鏡の胸を上下させていた。「・・・たかが、テュバキュローシス(結核菌)ごときに・・・。」鏡の生きる時代、労咳と呼ばれたこの死病は、空気感染で罹患し、こんな風に呼吸系統での発症が多かった。廓で病に倒れた姉さん達を看護する奥の開かずの間は、窓のない空気の淀んだ所で、宙に舞う結...

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びいどろ時舟 20

監視が付き何も出来ない医者は、自ら消え行く道を選んだ小さな命を、ただ涙ながらに抱きしめて見送るしかできなかった。蜂蜜色の髪の王太子は、医者が運んできた食事に口を付けなかった。寝台で背を丸め、生きるのを拒否した幼い王太子は、両親の様に王族の高い自尊心を持っていた。「何故、食事をしないんだ。気のふれた振りをしても駄目だ。話をしなさい。」と、セマノに厳しく理由を問われた少年は、物わかりのいい大人のように...

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びいどろ時舟 21

それは、鏡の見た夢の波長(パルス)を映像に変換したものだった。夢の脳波が映し出した海の見えるそこは、丸山ではなく阿蘭陀屋敷の中の風景のようだった。薄ぼんやりとした、夢特有の画像の揺らぎが、現実のものとの区別をつける。鏡はセマノを親切なカピタンと信じて、切ない夢を見たらしい。「かぴたんさん。どうぞあしを、捨てんで下さいまっせ。」頼み事をする鏡が見上げるセマノの髪が、金色の糸のように頼りなく、潮風に弄...

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びいどろ時舟 22

怒号の続く二人のやりとりを、意識を戻した鏡が、濡れた瞳で悲しそうにじっと見つめていた。「・・・なんでもないんだ、鏡。」「仕事の話で、揉めただけだから。良くあることなんだよ。」鏡は何とか笑おうと務めていたが、叶わず嗚咽が漏れた。この子は自分が原因で何かが起こっていると悟ったようだった。良いことが、長く続かないのはいつものこと・・・。とうにわかっていた。辛いときに親切にしてくれたカピタンと、絶体絶命の窮...

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びいどろ時舟 23

花魁の背中に向けて、ほんの少しの気休めを口にした。「男衆に捜してもらっているから、きっとそのうち見つかるだろうよ。あの子は、ここよりほかに、どこにも行くところなぞないんだからね。」「それよりも、あんたは湯に浸かってこしらえを解いてから、待ってやった方がいいんじゃないかい?鏡の好きな餡餅でも、用意してさ。」そこへ廓の中を散々走り回った男衆が、ばたばたと数人帰って来た。顔色を変え、口々に息せき切って伝...

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びいどろ時舟 24

白い建物の林立する未来世界で、鏡は何も知らず眠っていた。そっと優しく髪に触れると、ふと気が付いて顔を上げた。鏡の丸い目が、じっとセマノを捉えていた。見上げるセマノの顔に張り付いた微笑が、どこか悲しげに見えて鏡は不思議そうに問う。「かぴたんさん・・・?どっか、痛かの?」「なんでもないよ。それよりね、鏡はずうっとカピタンの側に居たい?ぼくの側に、居たいと思う・・・?」鏡がセマノに返事をする前に、シンが...

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びいどろ時舟 25

吉という少年のデータは、この当時の平均的な混血児のものと変わらない。骨密度は老人並みに低く脚気の気があり、長年の栄養失調で目も悪かった。おそらく、これでは鳥のように夜目も利かないだろうと思われた。皮膚の油分もなく、あかぎれが酷かった。たった一個の饅頭を手にとったばかりに、寒空に水を掛けられた挙句、一昼夜晒された唐人の混血児の吉はあっけなく急性肺炎で命を失った。凍りついた袷が、朝日を浴びて輝く氷柱の...

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びいどろ時舟 26

「心配するな。きっと上手くいくよ。この子の記録が思ったよりも少なくて、よかったな。」セマノは物言いたげな瞳を揺らした。「気を付けて、鏡。忘れないよ・・・。」金色の髪のかぴたんは、そっと頬を寄せ、鏡に束の間の別れを告げた。「もし、ぼくが・・・今度のことで流刑になるなら・・・複製で良いから・・・」この子の写しをくれないかという、セマノの思いつめた言葉に本気だと分かる。作られた精巧な人形に、鏡の記憶を移...

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びいどろ時舟 27

しばらくすると、市井に留まった小さな命は、すうすうと安らかな寝息を立てはじめた。この命を救いたいと言い切った、セマノの気持ちが少しは分かる。シンもまた同じように、愛おしいと思い始めていた。まるで、幼い弟を思うように・・・。「新さん・・・よろしいでありんすか?」さら・・・と襖が滑り、衣擦れのかすかな音がして、鏡の姉の小さな顔が覗く。彼女もまた、しばらく行方知れずだった鏡が気になって仕方が無いようだっ...

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びいどろ時舟 28

「でもね、花魁。・・・病気が怖く有りませんか?あれは、うつるっていうじゃ有りませんか。あっしは、死病は怖いですよ。」ふふ・・・と、花が綻ぶ。「新さん。ちょいと、よろしゅうございんすかぇ・・・?」つと側に寄ると、千歳はやにわに、その白い指で胸をくつろげると、驚く新の頭を引き寄せた。椀を伏せたような豊かな柔らかい乳房の上に、そっと直に温もりが伝わるようにかき抱いた。新はといえば、言葉を失って千歳花魁のな...

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びいどろ時舟 29

新は思わず、正直な気持を吐露する。「ありがとうございました。鏡坊を助けたと、おっしゃいましたけど・・・あっしのほうこそ、長年の憂さが晴れてすごく気持が楽になった気がします。」「新さん。そういっていただけると、わっちもうれしいでありんすぇ。新さんの胸にも、どうやら風穴が開いていたようでございんすぇ ・・・わっちの胸にほんのりと良い香りのするあったかい紅い花が、咲きんした。 」とくん・・・と、一つ鼓動が...

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