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Category: 蜻蛉の記(貴久の心)  1/1

小説・蜻蛉の記(貴久の心)・0

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作品概要悲しくも清廉な、貴久の心。葛藤の先に見えたものは、大輔の笑顔の先に有った。蜻蛉(とんぼ)の記の視点を変えたお話です。蜻蛉(とんぼ)の記を先にお読みいただければ、幸いです。※某所で注目作品に選んでいただきました。どうやら、作者は主人公を好きになればなるほど、酷い目にあわせてしまう、いじめっ子みたいです。何があってもどんなことが有っても「生きる」心を忘れない、ひたむきな強さと折れそうな心の逡巡が...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・1

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辺りはとっぷりと漆黒に包まれ、今何刻なのかもわからなかった・・・しんとした部屋の中、深く息をするのも骨が折れた。・・・わたしは、どうしたんだった・・・?...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・2

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ほんの数刻前、母上が冷たい骸になって城から帰ってきたのは確かだった。初めて聞かされた、心の臓の発作。わたしは叫んだ。健やかな母上が、心の臓の病などお持ちのはずがない。突然、乳母のお福に死因を告げられても、そんなことは到底信じられなかった。真実を話せと詰め寄っても、お福は何も語らず視線を合わせようともしない。だから、わたしは母上が最後に対面した義母上に会いに行くつもりで、夕暮れの迫る中、馬を駆った。...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・3

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足の先が、むず痒い。そっと手を伸ばそうとして、思わず歯を食いしばった。ほんの少し手を伸ばそうと思っただけなのに、ままならない・・・一瞬、心が暗いものに覆われた。足は・・・?わたしの、足は・・・?懸命に鈍い感覚を探った。・・・足は在る。ほんの少し、安堵の息を吐いた。気は急くが、身体は思うようにならず重石をかけられて、蒲団にはりつけにされたようだった。内心、感づいたことが有ったが否定したかった。渾身の...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・4

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腰から下の感覚が、まるでないことに狼狽していた。誰かに縋りたかった。母上・・・母上はいずこに、おわす・・・?そうだ、母上はもうこの世にはいらっしゃらないのだ。自らの浅はかな行動が、我が身に降りかかっただけのことだ。運命をにらみつける自らの双眸に、涙が盛り上がった。長い間、はらはらと静かに涙は溢れ、蒲団に吸われていった。拳でぬぐうこともできず、運命を受け止めきれず幼子のように涙は止まらない・・・この...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・5

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母上は、父上の側室になれるような身分ではなかったと、常々わたしに語っていた。「この身は、落ち延びた西軍の武将の娘だったのです。」「追い出されても仕方のないところを、領内の隅に置いていただけるだけで、望外の幸せでした。」そううっとりと語る母上は、幼心にも美しかった。父上は、「古来より、勝負は決着するまでどうなるか、わからぬもの。たまたま、先代が運よく東軍に組したと言っても破れた側のご家中や、その妻女...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・6

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「殿。遠路はるばる参った奥方様を、お一人にしてはなりませぬ。お袖には、この殿と血を分けた腹の子がおりますゆえ寂しくはありませぬ。どうか奥方様をお大切に、お側に居て差し上げてくださいまし。」そういって馬を見送るお袖の方が愛おしくて、駆け戻ったこともあったという父上。だからわたしは物心付いたとき、先に生まれたのに何故弟を兄上と呼ばねばならぬのか不思議だったが、側室腹という自分の出自については、何の不満...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・7

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いつしか、わたしは母上のお気持ちがわかるようになり、お会いできない父上や兄上の、大事の折にはお役に立つ身で居たいと願うようになっていた。わたしの乳母のお福も、ずっと母上にお供をしてきた人だったという。「姫様が三里でお暮らしになるのなら、福もそう致します。」家中の御納戸役と結婚し、同じ頃身ごもった福は豊富な乳の量で、わたしの乳母に選ばれたのだった。大輔とわたしは、生まれ落ちたときから三里藩のために生...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・8

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わたしが後先考えず、病んだ神経で喉を突こうとしたとき、いち早く気が付いたのは側に控えた大輔だった。髪を結ってくれる、髪結いがうっかり忘れて行った小さな鋏を、わたしは蒲団の下に隠し持っていた。大輔が寝所の外で、寝ずの番をしているなどと思いもよらずわたしは、朦朧と鋏を握った。今思えば、力の落ちた細腕では、多少の傷ができるばかりで、致命傷になるはずもなかった。そして大輔はわたしから鋏を取り上げた後、わた...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・9

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いつぞやなどは、湯上がり後のわたしに着物を着せながら、眠ってしまったこともあった。なれない仕事に、精も根も尽き果てて泥のように眠ってしまった大輔を、下帯一枚で抱えてわたしは途方にくれたが、懸命な大輔を心底愛おしいと思った。夢の中でさえ、大輔はわたしの名を呼んでいた。そなたが望むなら、生き恥を晒そう・・・寝顔を見つめるわたしの決心を大輔は、知っていただろうか。体の調子を書きとめ、わたしの厠に行く時間...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・10

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家中に噂があるのを、わたしも知っていた。もしかすると、そうではないかと思ったこともある。わたしが藩主の座を狙い、兄上を蹴落とそうとしていると誰か口さがない者が、寂しい義母上のお耳に吹き込んだのだろう。側室を大切にした父上を、義母上は心から信用できなかったのかもしれない。義母上の愛に飢えた心中を、わたしは察した。憤懣やるかたない胸の内を、誰にも打ち明けることができなかったのだろうと思うと、義母上も哀...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・11

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子供のような大輔は、宴の席でも時折いい酒肴になっていた。「いっそ殿にお願いして、若様をおまえの奥方に貰ってしまえばどうなのだ。」「そのような邪な目で、貴久さまを見た事など天地神明に誓ってありませぬ!」「例え酒の席でも、軽口が過ぎます!」すぐむきになる大輔が、ここまでわたしを支えてくれたことを家中の誰もが知っていた。江戸留守居だった家老が一時国許に帰参したとき、無礼講の酒席で、一途な大輔の奉公を満座...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・12

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わたしは、普段から自分の身ぐらいは守れるようにと、大輔と共に鍛錬を怠ってはいなかった。ただ情けないことに、健康なときは剣術は好きだったが、上半身ばかりでは刀や槍をさばききれず、情けなくも輿の上から何度も落下することになっていた。体が傾けば、力の入らない悲しさ、そのまま惰性で地面にずり落ちてしまう。なんとも歯痒かったが、こればかりは仕方のないことと半分あきらめていた。あきらめなかったのは大輔で、貴久...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・13

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ただ一言、兄上に出過ぎた真似をして申し訳なかったと、詫びをいいたかったが、思いがけず義母上から直々にお言葉を頂くことになった。義母上は、わたしに母上の事で詫びることがあるとおっしゃってくださったが、もしわたしの想像通りなら絶対に口にさせてはならなかった。毅然とした自尊心の強い、義母上がそう思ってくださるだけで、きっと母上も何もおっしゃるまいと思う。全ての思いを抱いてわたしは、戦場に行けばそれでよい...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・14

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ただ、島原の乱と後世が名をつけた、土一揆は一筋縄ではいかなかった。わたしが思う限りの策を披露し、少しずつ幕府方の責め方も意識も変わってきたが、板倉殿の昔ながらの戦の方法は、あたら犠牲を増やすばかりだった。石垣に近寄るだけで、上空からまるで降るように、石つぶてが落ちてくる。大きなものは赤子の頭ほども有り、骨まで砕けた足軽も大勢いた。キリシタンによる一揆は、神に守られているという団結力の元、美しい少年...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・15

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その夜、わたしは三里藩で眠る母上に向かって祈った。これで終に、わたしの死に場所ができました。母上、貴久は直にお側に参ります。ですから、お願いです。どうか、どうか大輔をお守り下さい。大輔は生きて国許に帰さなければならぬのです。総攻めで、板倉殿は壮烈なご最期を遂げた。生きるも地獄、死ぬも地獄のような孤軍奮闘振りは、みていてもお気の毒だったが、そうせずにはいられなかったのだと思う。父上と義母上の心づくし...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・16

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悲嘆にくれる大輔を残して、我が身ひとり母上の元に行くのは切なかったが、人は誰しもいつかは別れねばならなかった。願わくば大輔の慟哭の悲しみが、少しでも早く癒えますように・・・目が溶けるほど泣くだろう大輔を思うと、わたしを誘う母上の声も遠ざけたいくらいだった。・・・すまぬ大輔。そちに尽くしてもらった数々は、全て忘れることなく抱いてゆく。おまえが穏やかな人生の旅を終えたら、きっといつか彼岸で会えるだろう...

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小説・蜻蛉の記(貴久の心)・あとがき

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長らくお読みいただき、ありがとうございました。書きたかった主従物を書いた後、目線を変えたものを書いてみようと思い立ちました。あらすじを追うのに精一杯で、登場人物は台詞が少ないです。架空の人物でありながら、史実に絡めて書くのはとても楽しい作業でした。以後も、よろしくお願いします。                          ランキングに参加しております。励みになります、よろしくお願いします。 ...

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