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Category: 真夜中に降る雪(改)  1/1

真夜中に降る雪 1

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企業は、いまだに長引く不景気から脱しきれずに、軒並み新卒採用を控えている。里中春美(さとなかはるよし)は、4年間野球をしてきた以外の売りはなく、資格は持っているといっても即戦力のスキルがあるわけでもない。そんな就職氷河期時代、信じられないことに本命の会社に内定が決まり、多少浮かれていた。周囲は就職戦線の早期離脱を決め、浪人覚悟も多いというのに。「おう、来たな、里中!」「え!……宮永先輩?何で、ここに...

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真夜中に降る雪 2

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一方、春美も遠い過去、聡一先輩と誰にも秘密のいけないことをしていたのを思い出していた。春美が中等部二年生のとき、高等部に入ったばかりの聡一に呼ばれた。二人でそうっとしけこんだ授業中の部室、汗と埃にまみれた床にぽたぽたと零れた罪のしるし。今も、自分の甘い喘ぎと切ないうめき声が耳元にふっと聞こえたようで、背筋がぞわぞわと毛羽立った気がする。「授業に、遅れんなよ」聡一は最後にそう言って、ぱたりと部室のド...

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真夜中に降る雪 3

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思わず身体がぐらりと揺れた春美の見開いた目から、どっと零れ落ちた涙を認めた聡一は、くすりと笑った。「何だ、春はそんなに俺が好きか?」滲んだ輪郭に向けて、何度も何度も頷いた。心臓が痛むほどの勇気を振り絞って、聡一にねだった。「ちゃんと……キ、キスして下さい。先輩……好き.」片頬にえくぼのできる聡一は、優しく笑って春美を落ち込ませた。「春。キスは、好きな人とするもんだろ?」「……ぼくは、先輩が好きです。ぼく...

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真夜中に降る雪 4

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会社にはいくつも部門がある。春美はクーポン券の付いたフリーペーパーを専門に作る部署に配属された。駅などに大量に陳列されている、あれだ。新しい仕事は足で稼ぐ。直属の上司は最初、配属されて来た里中春美を見て、少し不安げだった。「ここは体力勝負なんだ。里中君はずいぶん細いけど大丈夫かな?」春美は曲がりなりにも中学からずっと野球をやってきて、多少の持久力は付いている。「こう見えても、見かけより体力はあるん...

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真夜中に降る雪 5

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白い天井が、眩しい……消毒薬のにおいが鼻を突いた。動こうとして、全身が拘束されているように固まっているのに気が付いた。「いっ……たーー……っ」「あ、里中さん。気が付かれましたか?」微笑む女性の格好に、自分が病院のべッドにいるのだと気が付く。左足の先がかゆくて、掻こうとしたら固いギブスに当たって驚いた。「ぼくは……」「すぐに先生を呼んできますね」「あ、落ちたんだっけ……」全治三ヶ月の、左大たい骨と踵(かかと)...

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真夜中に降る雪 6

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面会謝絶が解けると同時に、同僚は次々見舞いに来た。バスケットに山のように料理をつめて、身を挺して助けた彼女もやってきたが、春美はその日、彼女に別れを告げた。彼女は詫びを言いたかったようだが、春美はさえぎった。「今回のは、単なる事故だよ。だから、自分のせいだなんて、思わないで」「でも……」「ごめんね、このまま一緒に居ると君が看病しているうちに、ぼくへの同情を愛情と勘違いしそうなのが恐いんだ。だから一度...

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真夜中に降る雪 7

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じっと見つめるのは、春美の好きな白球を追ってた頃の真っ直ぐな瞳だった。行く手にフェンスがあっても、決して畏れず怯まずボールに飛びついていた野球少年。どんなに望んでも、決して春美を見てはくれなかった。振り向くことなく、ドアの向こうに消えた……「ずっと、おまえのこと見ていたよ」「嘘だ!」嘘だと言い切られて、ほんの少し聡一の顔が曇った気がする。「……高校のときからずっと見ていた。いつか春にきちんと謝って、本...

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真夜中に降る雪 8

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おぶった背中の春美に向かって、前を向いた聡一が声をかけた。「春。何を食う?何でもおごってやるぞ」「この格好で、歩き回るのはごめんです。そこの、中華で良いです」ラーメンが来るまでの間、聡一はこれまで春美にしなかった話をした。春美は黙って話を聞いた。伸びたラーメンの味は、前に食べたときよりもひどくしょっぱい気がする。春美はやたらと水を飲んだ。「あのな、春。俺は、親の都合で高校二年のとき、親戚と養子縁組...

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真夜中に降る雪 9

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『里中?無事なのか?足は大丈夫なのか?今どこだ?すぐ迎えに行く』「孝幸……あの、ちょっと落ち着いてくれないか。大丈夫だから」『あ……ああ、悪い。連絡がつかなかったから、俺、悪いほうばっかり考えて……心配でおかしくなりそうだった。って、言うか。何で、電話一本入れないんだ!何度も掛けているのに』「ごめん、孝幸。外にいたから、着信に気づかなかったんだよ」『そうか……大体、里中は呑気すぎるんだよ』ものすごい勢いで...

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真夜中に降る雪 10

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「里中――っ!」目が合うなり、飛び掛らんばかりの孝幸がいた。松前孝幸は、白い息を蒸気のように吐きながら、必死で春美を探していたらしかった。連絡が取れないのは、きっと動けなくなっているからだろうと、駅周辺を当てもなく走り回っていたらしい。この寒さの中、孝幸の額には流れる汗があった。「良かった~……、やっと見つけた。無事で良かった」「孝幸、連絡しなくてごめん」「いいんだ。おまえが無事なら」春美は振り返って...

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真夜中に降る雪 11

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高級とは言えない場所へ春美を連れて来たのを、聡一は申し訳ないと口にした。「誘っておきながら、こんな場所ですまないね」春美はかぶりを振った。「いえ……先輩に付いてきたのは自分ですから。あの……話はどこででもできますし……」口ごもってしまった春美を、そっと大切に寝台の上におろす。そして、聡一はそのまま風呂へと向かい、蛇口を捻ると声をかけた。「湯を張るよ。春の足は、強張ってしまっているから、マッサージをする前...

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真夜中に降る雪 12

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ここで泣くわけには行かないと思ったが、春美は、こみ上げる嗚咽を抑えきれなかった。 「……う……っ」「春?どうした?痛むのか?」「い……えっ」 慌てて顔を洗っている振りをしたが、笑おうとして不自然に顔が歪み、聡一に本心を知られてしまった。「うっ……えっ……」「春。泣くな。悪いのは春じゃない」「せん……ぱぃ」「いつも春を泣かしたのは俺だ。わかってるんだ、どれだけ傷つけたか……いまだに春のここは、傷が癒えてなくて、涙で...

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真夜中に降る雪 13

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聡一は愕然としていた。高校を卒業し、大学に入学し、自分の後を追っていると気がついてから、いつか話をしようと思っていた。大人になった今は過去の惨酷な遊びを、若気のいたりだったと謝って、子どもだったんだ、悪かったなと、一笑に伏してしまうつもりだった。それなのに、今も春美は、部室に1人置いて行かれた過去の世界に住んでいる。慕う後輩を残酷に翻弄する、聡一の居る過去に。今となっては、滞った春美の時間を動かし...

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真夜中に降る雪 14

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どのくらいの時間が経ったのだろう。薄く目を開ければ、夜明け前の薄暗い空に、薄い朱色の雲が横たわるのが見えた。視線を流せば、ぼんやりと月明りに照らされた、聡一の顔が目に入る。くっきりと高くしっかりとした鼻梁、出会った時にときめいた変わらぬ端正な顔に、しばしの間、春美は見惚れていた。「先輩。こんな顔してたんだ」いつも聡一の顔を見上げる時は、涙で滲んだ輪郭しか記憶になかった。聡一に抱え込まれるようにして...

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真夜中に降る雪 15 【最終話】

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春が聡一に別れを告げ、自宅に帰ってきたのは、早朝だった。自宅マンションのある打ちっぱなしのコンクリートの無機質なエントランスに、春美の知る陽だまりが立っていた。「お帰り、里中」「孝幸」きっと、長い間そこで春美を待っていたのだろう。動きすらぎこちなく、寒気で強張った笑顔を向けた。「里中、寒かったろう?」「寒いのは、孝幸だろう?早く、部屋に入ろう……?」ふと触れたその冷えた指先に、どれだけ長い間外にいた...

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真夜中に降る雪 番外編 初めての春

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春美が自宅から離れた中高一貫校の試験を受けてみようと思ったのに、たいした理由など無かった。その頃、何もかもつまらなかった。見た目だけで自分を判断する周囲や、少し熱を出しただけで大騒ぎする祖父母もいやだった。寮に入るほどの距離ではないし、通学するという理由で誰も知った人のいない学校の受験を許してもらった。中等部の入試は、学科と面接だったがほとんど推薦入試のようなもので、これといって難解なものではなか...

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